第2回 「話せる英語ドリル300」活用法:流暢さを手に入れるトレーニング


第2回は本書のトレーニングの目的とそれに深くかかわる流暢さについてお話しします。本をお持ちでない方も流暢さに関係する理論について少し説明していますので自己学習やトレーニングの参考にしてください。
本書のトレーニングの目的
この本のトレーニングの目的は汎用的な表現を、使いたい時にさっと口から(それも正しい発音とイントネーションで)言えるようにすることです。自分でゼロ構築する発話ではなく、徹底的にモデルを踏襲して身につけるためのトレーニングです。Day 1からDay 30まで30の場面にそれぞれ10文例文がありますので、300例文、そして単語差し替え練習の文も入れると合計600例文のトレーニングができるようになっています。600文をさっと言えるようになったらかなり話せるようになりますね。
流暢さの重要性
私たちの研修では「流暢さ」を改善するトレーニングをたくさん行います。流暢さ=Fluency、とは自動化された能力です。Fluencyは極めれば「熟練した能力=Proficiency」にもつながります。会話で瞬発的に使う汎用的な表現をいつもゼロから考えて構築していたのではいつまでたっても流暢さは上がりません。また、インプットだけ大量にしても、アウトプットがなければ知識の定着にはあまり効果がないとされています(Swain& Larkin, 1998; Swain, 2005; Izumi et al.,1999)。日本人学習者の皆さんは受験などを通してインプットがたくさんあるのですが、それをアウトプットに活用できていない場合がとても多く、とてももったいない事だと思います。
英語の発話でFluencyを上げていくコツには、①汎用表現の自動化と②ゼロから構築力の向上、の2種類があります。この本では①を扱います。
一般的に、流暢さを上げスキルを磨くには「型」を徹底的にマスターする必要があります。それはスポーツでも、ゲームでも、踊りでも、楽器の演奏でも、お茶の作法でも一緒です。私はお茶を習っていますが、自動化された所作がなくてはとても綺麗で流暢なお手前は難しいので体に染み込むまで所作を練習します。
基本の型が無いところにはFluencyはありませんし、クリエイティビティの上限もかなり限られそうです。言語でのFluencyやProficiency(読む、聞く、書く、話す、すべてのスキルに適用される概念です)はコミュニケーションにおける生産性です。コミュニケーションや情報収集の上でスピードを求められる仕事においては特にこの言語の自動化度合い、処理能力が重要になります。
では流暢に話し続けるためには何が必要かというと、適度に自動化された型を活用する事によって発話中の短期記憶 (*Working memory)に常に空き容量を作り、発話を維持・継続できる環境を整えることです。コンピュータのハードウェアを想像していただければわかるように、容量の決まっているところに処理が必要な情報をパンパンに入れた場合、反応が遅くなりますね。皆さんの短期記憶の中でも同じことが起こります。自動化されていない情報を一度にたくさん処理しなくてはならなくなると処理が遅くなったり、止まったり、ということが起こります。
*Working memoryはBaddeley and Hitch (1974)によってもたらされた認知心理学、脳神経科学上の非常に重要な概念です。
短期記憶の限界
この本では全ての例文が10語以内で構成されています。これは人間の短期記憶の容量を意識した数値となっています。人間の短期記憶には脈絡のない単語を8~10語程度一度にとどめておく容量があると考えられています。私も認知心理学の授業で脈絡のない英単語を10個聞いて覚える、という実験をやりましたが、かなり難しかったです。今回は脈絡のない単語というわけではありません(ひとつの意味のある文です)が、あまり英語のアウトプットに慣れていない、または特定の表現を使ったことがない人にとっては第二言語の10語は短期記憶のトレーニングに適切な数値なのではないかと思います。実際にレッスンで使ってみると、学習者本人が良く知っている表現に関しては10語でもテキストを見ずに楽々とリピートできますが、表現が複雑になったり、単語が難しくなったりするとかなり上級者でも明らかにリピートが難しくなります。Daneman and Carpenter (1980)によると、短期記憶のキャパシティと言語能力には強い相関関係があるとされています。トレーニングを進めていただくと、ご自分の短期記憶の限界点が見えてきます。そこからがトレーニングですね。
短期記憶から長期記憶へ
短期記憶は一時的に情報をとどめておくためのキャパシティで、言語操作にはその容量が不可欠です。本書では短期記憶を鍛えながらトレーニングしていただいた例文は、意味を理解し、音を正しくインストールし、表現を頭に入れ、とさまざまなステップを踏むことでより記憶に残るようにしてあります。Craig and Lockhar (1972)によると単に受け身の状態でトレーニングをしてもあまり記憶には残らず、deep and meaningful way 「深く、有意義な(言語の場合は意味理解、構文理解、文脈理解、そして音声理解など)方法」で繰り返し練習することが長期記憶に残すために必要だそうです。本書では例文を繰り返し異なる視点からトレーニングすることで長期記憶への定着を図ります。
今本屋さんに行くと大量の英語に関する書籍があり、どれを選んで良いかわかりませんね。たくさんの教材を受け身で浅く学ぶよりも、限られた教材をより深く、有意義な方法(deep and meaningful way) で学んでみてください。
次の第3回では各ステップのトレーニングの意味と活用方法をお伝えしますね。お楽しみに!
著者について

浅場 眞紀子
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