コラム

ビジネスに役立つ経済金融英語 第1回:米国株式って「ダウ」のこと? 株式指数をめぐる「あるある」

2021年6月10日
鈴木 立哉鈴木 立哉
ビジネスに役立つ経済金融英語 第1回:米国株式って「ダウ」のこと? 株式指数をめぐる「あるある」

第1回は比較的軽い話題から。ダウ・ジョーンズ工業株価平均® (Dow Jones Industrial Average:ダウ平均)とS&P500種株価指数(S&P 500®)の、意外と知られていない特徴をご紹介する。

  1. 両指数を算出、提供しているのは同一会社である。元々は由来、提供会社ともに異なっていたが、業者の合従連衡が進み、2012年にS&Pインデックス社とダウ・ジョーンズ・インデックス社が統合してS&Pダウ・ジョーンズ・インデックス社が設立されたi

  2. ダウ平均の構成銘柄数はわずか30銘柄と、ニューヨーク取引所(2,873銘柄、時価総額約2,800兆円)、ナスダック(3,055銘柄、約2,100兆円)への上場企業数合計の0.5%程度にすぎないが、時価総額は約1,100兆円と、東証1部全体の時価総額(約715兆円)を大幅に上回るii

  3. ダウ平均は株価の単純平均、一方S&P500は時価総額平均の指数。したがって前者は値がさ株の、後者は時価総額の大きな銘柄の影響を受けやすい。

  4. GAFAM (Google、Amazon、Facebook、Apple、Microsoft)のうち、ダウ平均に組み入れられているのはアップルとマイクロソフトのみiii

  5. ダウ平均の組入れ銘柄は、S&Pダウ・ジョーンズ・インデックス社の3名の代表者とウォール・ストリート・ジャーナルの2名の代表者から構成される指数委員会(The averages committee)で決定されるiv。協議内容は非公開だが、選定にあたっては定量的なスクリーニングのルールが存在しないとのことv。なおS&P500の指数委員会の委員は全員S&Pダウ・ジョーンズ・インデックス社の社員であるvi

  6. S&P500は、銘柄数はもちろん時価総額(約4,100兆円)でもダウ平均の約3.7倍vii

  7. ダウ平均の組み入れ銘柄はS&P500構成銘柄の中から選ばれるviii。つまりS&P500構成企業にはダウ平均を構成する30銘柄がすべて含まれている。

  8. S&P500に含まれている銘柄数は実は500ではない(505銘柄)ix

以上、銘柄数、構成銘柄の範囲、算出方法、時価総額から考えると米国株式のベンチマークはS&P500であり、ダウ平均はもはや象徴的な意味しかない、と言ってよいだろう。だからこそ、英米の主要メディアでの株式市場速報はまずS&P500、次にナスダックであり、ダウ平均は3番手の扱い(The benchmark S&P 500 and the Nasdaq have…という表現が頻繁に見られる)なのだ。

ところが日本ではなぜか、米国株式の報道はまずダウ平均の推移か水準から始まる。「12日の米株式相場は大幅に続落した。ダウ工業株30種平均は前日比2352ドル60セント(10.0%)安の2万1200ドル62セントと2017年6月以来、約2年9カ月ぶりの安値で終えた」といった具合である。お手元の新聞雑誌等で是非ご確認されたい。日本のビジネスマンのプレ朝会と呼ばれる(?)テレ東の「モーニング・サテライト」でも、「何はなくともまずはダウ平均」といった趣だ。私だけでなく、海外のメディアに接している方は、非常に違和感を覚えるのではないだろうか。私が昔、野球のカウントで”Two-three count”と言ったらアメリカ人に怪訝な顔をされたことがあるが、それと同じである。

野球のカウントは「ボール→ストライク」の順で読み上げるのが国際標準なのだが、なぜか日本ではずっと逆だったのだ(つまり米国には「ツー、スリー」というカウントはない。すでに三振だからだ)。それが米国式に変わったのは数年前からではないだろうか。日本のメディアが米国株式市場の扱い方についてもいつか思い切って「米国式」に変えて米国市場動向と言ったらS&Pと条件反射してくれる日が来ることを祈るばかりだ。米国株式市場のことで英米人と話す時などはまだこうした「すれ違い」があるかもしれないのでくれぐれもご注意を。ではまた!

(脚注)

i S&Pダウ・ジョーンズ・インデックス社のウェブサイトよりhttps://japanese.spindices.com/our-company/our-history/

 各取引所の銘柄数と時価総額は野村資本市場研究所の資料より(2021年2月末現在)。

ii 各取引所の銘柄数と時価総額は野村資本市場研究所の資料より(2021年2月末現在)。http://www.nicmr.com/nicmr/data/market/stock.pdf

ダウ平均の時価総額は。S&Pダウ・ジョーンズ・インデックス社HPより約10兆ドルであることがわかる(2021年5月28日現在)。https://www.spglobal.com/spdji/en/indices/equity/dow-jones-industrial-average/#data

東証1部のデータは、日本経済新聞の直近データより(2021年6月1日現在)。https://www.nikkei.com/markets/kabu/japanidx/

iii ダウ平均採用銘柄(2021年5月31日現在:日本語)は、https://www.180.co.jp/world_etf_adr/dow30/dow30.htm

iv 「ダウ・ジョーンズ平均 メソドロジー」p12 https://japanese.spindices.com/documents/methodologies/methodology-dj-averages-japanese.pdf

次の2つの記事で指摘されている①“DJIA: What Is the Dow Index?” By Debbie Carlson Sept. 19, 2019, US News & World Report, https://money.usnews.com/investing/investing-101/articles/djia-what-is-the-dow-index ②「S&P500とダウ平均の違いって?米国の2大株価指数を大解剖!」(日興アセットマネジメント)https://www.nikkoam.com/products/etf/we-love-etf/kihon/kihon11#text1-2

v 次の2つの記事で指摘されている①“DJIA: What Is the Dow Index?” By Debbie Carlson Sept. 19, 2019, US News & World Report, https://money.usnews.com/investing/investing-101/articles/djia-what-is-the-dow-index ②「S&P500とダウ平均の違いって?米国の2大株価指数を大解剖!」(日興アセットマネジメント)https://www.nikkoam.com/products/etf/we-love-etf/kihon/kihon11#text1-2

vi 「S&P 米国株価指数メソドロジー」p35

https://japanese.spindices.com/documents/methodologies/methodology-sp-us-indices-japanese.pdf

vii S&Pインデックス社とダウ・ジョーンズ・インデックス社HPより算出(2021年5月28日現在)。https://www.spglobal.com/spdji/en/indices/equity/sp-500/#data

viii 「ダウ・ジョーンズ平均 メソドロジー」p5

ix 500社のうち5社(Google, Fox Corporation, Discovery Inc, News Corporation, Under Amour)が違う種類の株式を上昇しているため。この辺の事情は次の記事をご参照ください。WHY ARE THERE 505 STOCKS IN THE S&P 500?(https://www.thefipharmacist.com/why-are-there-more-than-500-companies-in-the-sp-500/

著者について

鈴木 立哉

鈴木 立哉

金融翻訳者。一橋大学社会学部卒。米コロンビア大学ビジネススクール修了。野村證券勤務などを経て2002年に独立。現在は主にマクロ経済や金融分野のレポート、契約書などの英日翻訳を手がける。訳書に『フリーダム・インク』(英治出版)、『ベンチャーキャピタル全史』(新潮社)、『「顧客愛」というパーパス<NPS3.0>』(プレジデント社) 、『ティール組織――マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』(英治出版)など。著書に『金融英語の基礎と応用 すぐに役立つ表現・文例1300』(講談社)。ブログ「金融翻訳者の日記」( https://tbest.hatenablog.com/ )を更新中。

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