Jun 28th, 2022
ビジネスに役立つ経済金融英語 第12回 ”Softish” landing
今月は、日米両国で中央銀行総裁の「一言」が物議を醸し出しました。
次は、本年5月4日に行われたパウエルFRB議長の記者会見から(翻訳、太字、下線はすべて鈴木)
Now, I would say I think we have a good chance to have a soft or softish landing, or outcome, if you will. And I’ll give you a couple of reasons for that. One is, households and businesses are in very strong financial shape. You’re looking at, you know, excess savings on balance sheets; excess in the sense that they’re substantially larger than the prior trend. Businesses are in good financial shape. The labor market is, as I mentioned, very, very strong. And so it doesn’t seem to be anywhere close to a downturn.(さて、私は、ソフトランディング、あるいはソフティッシュ・ランディング、あるいはそのような結果を得るチャンスが十分にあると思います。理由はいくつかあります。一つは、家計と企業の財務状況が非常に良好なことです。バランスシート上の貯蓄は、以前のトレンドよりも大幅に増えている、という意味で過剰になっています。企業の財務状態も良好です。労働市場も、先ほど申し上げたように非常に強い。ですから、景気後退にはほど遠い状態のようです。)
Therefore, the economy is strong and is well positioned to handle tighter monetary policy. So—but I’ll say I do expect that this will be very challenging. It’s not going to be easy. And it may well depend, of course, on events that are not under our control. But our job is to use our tools to try to achieve that outcome, and that’s what we’re going to do.(したがって、経済は堅調であり、金融引き締め政策に対応できる体制が整っています。しかし、私は、これは非常に難しいと思います。簡単なことではありません。そして、もちろん、私たちがコントロールできない事象に左右されるかもしれません。しかし、我々の仕事は我々のツールを使ってその結果を達成しようとすることであり、実際にそうするつもりです。)
(米連邦準備理事会(FRB)のホームページ「2022年5月4日 パウエル議長記者会見原稿」より)
https://www.federalreserve.gov/mediacenter/files/FOMCpresconf20220504.pdf
文脈を簡単に説明しておくと、米連邦公開市場委員会(FOMC:日銀の金融政策決定会合にあたる)は、この3月に、新型コロナウイルス禍を受けて導入してきたゼロ金利政策を解除して25ベーシス・ポイント(0.25ポイント)の利上げを実施。そして5月のFOMCで、何と22年ぶりとなる50bp(通常は25bp刻み)となる大幅な利上げを実施した。昨年後半から次第に明らかとなり、今年2月のロシアによるウクライナ侵攻が引き金となって急騰したインフレ率を抑制するための措置であるが、利上げは両刃の剣となって米国の景気後退入りも懸念されていた。冒頭の引用はその決定後に、2年ぶりに対面で開いた記者会見での発言である。
注目されたのが「ソフティッシュ・ランディング(softish landing)」だ。
まず基本知識のおさらいをしておこう。いずれもこれまで何回か紹介してきたInvestopediaから
(1)ソフト・ランディング
A soft landing is the goal of a central bank when it seeks to raise interest rates just enough to stop an economy from overheating and experiencing high inflation, without causing a severe downturn. Soft landing may also refer to a gradual, relatively painless slowdown in a particular industry or economic sector.(ソフトランディングとは、中央銀行が、景気の過熱と高インフレを防ぐために、深刻な景気後退を招かない程度に金利を引き上げること。また、特定の産業や経済部門が徐々に、比較的痛みを伴わずに減速することを指す場合もある)。
(2)ハード・ランディング
A hard landing refers to a marked economic slowdown or downturn following a period of rapid growth. The term “hard landing” comes from aviation, where it refers to the kind of high-speed landing that……. The metaphor is used for high-flying economies that run into a sudden, sharp check on their growth, such as a monetary policy intervention meant to curb inflation. Economies that experience a hard landing often slip into a stagnant period or even recession.(ハードランディングとは、高成長期の後、景気が著しく減速または低迷することを指す。「ハードランディング」という言葉は元々航空業界の用語で、速度を落とさずに高速のまま着陸することを意味し……このメタファーはインフレ抑制を目的とした金融政策介入によって、高成長を続けてきた経済が突然の急ブレーキに見舞われることを示す。ハードランディングを経験すると、経済は停滞期、あるいは景気後退に陥ることが多い。)(Investopedia)
https://www.investopedia.com/terms/h/hardlanding.asp
そうした中での”softish“の登場だ。まず、辞書の定義から
softish (in American English)
Somewhat or relatively soft
(Collins English Dictionary)
https://www.collinsdictionary.com/dictionary/english/softish)
sofish
―― adj. やや柔らかい、柔らかめの
( 『新英和大辞典』 by KOD)
ちなみに、コリンズにはWord frequency(語の使用頻度)が5段階の「1」(使用頻度が非常に低い)になっている。意味としては「ソフト」と「ハード」の中間という意味と抑えておけばよいだろう。
その上で冒頭のパウエル議長の発言を読むと、パウエルさんは「米国のファンダメンタルズ(経済の基礎的諸条件)はしっかりしているので、物価を下げるために少々思い切った利上げをしてもさほど心配いりません」と言うことを言いたかった。とはいえ、物価高を抑えるためにここからしばらく利上げを続けていくと、さすがにソフト・ランディング(軟着陸)とは断言できない。ただし、hard landingにはなりません。心配無用です、という意味で「ソフティッシュな着陸」と苦しいご説明をなさったわけだ。I would say I think we have a good chance to have a soft or softish landing, or outcome.冒頭の訳では端折ったが、この部分を文字通り訳すと、「私は、ソフトランディング、あるいはソフティッシュ・ランディング、あるいはそのような結果を得るチャンスが十分にあると考えていると言いましょうか」と実に慎重、というか回りくどい。
その苦しさを次の段落で吐露している。Therefore, the economy is strong and is well positioned to handle tighter monetary policy. So—but I’ll say I do expect that this will be very challenging. It’s not going to be easy.(したがって、経済は堅調であり、金融引き締め政策に対応できる体制が整っています。しかし、私は、これは非常に難しいと思います。簡単なことではありません)
とここまで伏線を張ったので市場の予想、というか覚悟(?)通り、6月15日(水)のFOMCでは27年ぶりとなる75bpの大幅利上げを実施した。当日(15日)のダウ平均は6営業日ぶりに反発したものの、翌日は・・・
16日の米株式市場でダウ工業株30種平均は大幅に反落して始まり、午前9時44分には前日比790ドル34セント安の2万9878ドル19セントまで下げた。3万ドルを下回るのは2021年1月以来。米連邦準備理事会(FRB)は15日の米連邦公開市場委員会(FOMC)で通常の3倍に当たる0.75%の利上げを決め、今後も大幅な利上げが続く方針を示した。16日は欧州の主要中央銀行も相次ぎ利上げに動き、景気冷え込みを警戒した売りが強まった
FOMCで示した見通しでは、FRBは22年末には政策金利を3.25~3.5%に引き上げる方針。景気をふかしも冷やしもしない中立金利(2.5%)を大幅に上回る水準まで引き上げ、インフレ抑制を急ぐ。16日には英国とスイスの中銀も利上げを決め、欧州株式相場も軒並み大幅に下落している
(「米国株、ダウ急反落し3万ドル下回る 金融引き締め加速で景気に懸念」2022年6月16日付日本経済新聞)*有料記事です。
https://www.nikkei.com/article/DGXZAS3LANY01_W2A610C2000000/
その後17日(金)にはほぼ横ばい、20日(月)は奴隷解放記念日で休場、21日(火)は自律反発したが21日(水)もやや下げるなど、予断を許さない状況が続いている。
ちなみに、6月のFOMC後(15日)にパウエル議長が行った記者会見では次の質問が飛んだ。
(記者)Do you still think a softish landing is possible?(ソフティッシュ・ランディングはまだ可能だと思いますか?)
(パウエルFRB議長)So I think what’s in the SEP would certainly—would certainly meet that test. You know, if you see—you’re looking at getting that back down to almost 2% inflation by 2024 and the unemployment rate is still as low as 4.1%. That would be—I would call that as meeting that test.(ですから、SEP(経済見通しのサマリー)を見れば、そのテストに間違いなく合致すると思います(鈴木注:ソフティッシュ・ランディングは可能だ、という意味)。2024年までにインフレ率を2%近くまで下げ、失業率はまだ4.1%と低いとしたら、それはまあ、このテストに合格していると言えるでしょう。)
(米連邦準備理事会(FRB)のホームページ「2022年6月15日 パウエル議長記者会見原稿」より)
https://www.federalreserve.gov/mediacenter/files/FOMCpresconf20220615.pdf
ちなみに、6月16日(木)のテレビ東京「モーニングサテライト(通称”モーサテ“)」に月一ぐらいでレギュラー出演している鈴木俊之さん(グローバルマーケットエコノミスト)は、次のように解説していた。
ソフト・ランディング:景気後退をさせず、資産価格調整も限定的に抑えてインフレを抑制する
ソフティッシュ・ランディング:多少痛みを伴うことを覚悟してインフレを抑制する。
(テレビ東京「モーニングサテライト」2022年6月16日放送で鈴木俊之さんが使ったフリップを鈴木が手書きで写しました)
番組中、鈴木さんは”bumpy”、つまり「着陸の最中にガタガタと揺れる感じ」、と説明されていました。これが一番わかりやすいかも。
(余談)「中銀総裁の一言」といえば、記者会見ではなく、講演ではありましたが、我が国日本でもありました。
日銀の黒田東彦総裁の発言が波紋を呼んでいる。幅広い商品の値上げに家計が懸念を深めるなか「家計の許容度が高まっている」と語り、直後に発言の撤回に追い込まれた。……
発端となったのは、共同通信社が6日開いた講演の発言だ。「日本の家計の値上げ許容度が高まってきている」――。黒田氏は手元の原稿に目を落としながら、こう語った。
黒田氏が「許容度が高まっている」根拠としたのが、東大の渡辺努教授が実施したアンケートだ。「なじみの店でなじみの商品の値段が10%上がったときにどうするか」との問いに対し「値上げを受け入れ、その店でそのまま買う」との回答が増えたと紹介した。(「値上げ許容発言、入念に準備した日銀 透ける本音」2022年6月10日付日本経済新聞)*有料記事です。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB085J90Y2A600C2000000/
ちなみに、黒田さんが根拠としたアンケートを実施した渡辺努さんも、鈴木さんと同じくモーサテのレギュラー・コメンテーターです(私はテレ東の回し者ではありませんが、月~金のこの番組を毎日録画し、ノートを片手にメモを取りながら見ています)。
来月お休みします。では8月に!