
飯田 尚子
Ex_Disney APAC Creative Director
世界有数の透明度を誇る湖のほとりにオフィスを構えたクリエイティブエージェンシー、SNOW GKの共同経営者。 CCOとして、ブランドコンサルティングやアートディレクション、IPやキャラクターを活用した商品企画、企業のリブランディング、ロゴ・ネーミング開発、女性起業家向けの戦略設計など、幅広いクリエイティブ業務を手がける。 Walt Disney Company で積み重ねてきたグローバルブランドとしてのコンテンツ開発やブランド戦略の経験を活かし、プロジェクトごとに最適なアプローチとチームを設計している。 また、AIを活用したアート制作「LightScape」の立案者でもあり、個人や企業に向けて“未来の風景”を取り入れたデザイン提案も行っている。
ディズニーAPACのクリエイティブディレクターとして活躍し、現在はSNOW合同会社の共同オーナー兼CCO/クリエイティブディレクターを務める飯田尚子氏。彼女のキャリアを大きく左右したのが「英語」でした。本インタビューでは、幼少期の英語への苦手意識をいかに克服し、それを自身の強みへと変えてグローバルな舞台で活躍するに至ったのか、その道のりが詳細に語られています。完璧な文法よりも「伝わる」ことに重きを置いた独自のコミュニケーション哲学、そして英語学習がもたらした人生の豊かさについて、飯田氏の経験に基づいた示唆に富む洞察が満載です。
元ウォルト・ディズニー・ジャパン及びアジアパシフィックのクリエイティブディレクターとして活躍後、独立してグローバルなアート系コンサルとして活躍する飯田尚子さん。その華々しいキャリアの裏には、「英語」という大きな壁、そしてそれを乗り越えたからこそ見えた新たな景色がありました。
浅場: 今日はよろしくお願いします。尚子さんは本当に英語学習歴が長いと思いますが、ご自身にとって英語とはどういうものでしょうか?
飯田: はい、よろしくお願いします。そうですね…英語は私の人生を、ある意味「作った」と言えるほど重要な存在です。その理由は、大きく分けて「精神的な側面」と「機能的な側面」の二つにあると思っています。
一つ目の精神的な側面というのは、実は私、元々外資系企業に入社したのですが、それは帰国子女だったとか、英語が堪能だったからではありません。デザイナーとしてのスキルで入社しました。ただ、入社した環境が、コミュニケーションに英語が必須という環境でした。
浅場:そうですか。 では意図的に英語が必要な環境を選んだというよりは、自分の持つスキルで入社したらそこが英語環境だったと。
飯田: そうです。本来なら英語ができない私は入社できなかったと思うのですが、別のスキルでカバーできたということです。でも実は全く意図的でなかったとは言いきれない部分もあって、これは少し心理的な理由に関わるのですが、当時「英語ができない」という自分の状態が、自分をとても暗くしていたということがありました。
浅場: なるほど、コンプレックスがあったということですか。
飯田: はい。留学したかったのにできなかったという後悔や、そのために努力しなかった自分の不甲斐なさ。美大だったので留学した友人も多かったのですが、私は行かなかった。親に頼んでまで行くということも考えなかったですし、自分で貯金してまで行く熱意もありませんでした。日々のやるべきことに追われ、英語を優先できなかった結果、20代で「英語ができない自分」が形成されてしまいました。それが、自分の中で「解決しなきゃいけないこと」の一つだったんです。他の人から見れば全く関係ないことかもしれませんが、自分にとっては人格を形成する上で「できないと思っている自分をどうにか解決しないといけない」という気持ちがすごく強かったんです。
浅場: とてもよく分かります。私も尚子さんと全く同じ気持ちだった時代があります。今の仕事を始める前、「自分がある程度納得できるレベルまでできないと自分として悔しい」「今やらないと後悔が残る人生になるかもしれない」という気持ちがあって、英語をやり直しました。だから今、尚子さんのお話を聞いて、ものすごく共感しています。
飯田: え、そうだったんですか? マッキー先生は元々帰国子女なのに、「やり直す」という感覚だったとは意外です。そういえばこの話、したことなかったですよね?
浅場:ええ。尚子さんもコンプレックスが原点だったとは、今聞いて本当にびっくりしています。
飯田: 本当にそうなんです。私も今までこのことについて話す機会があまりありませんでした。ディズニーの社内英語レッスンなども受けてみたのですが、レベルの高い内容なのに全く自分の身につかなかったんです。そこでも焦りを感じました。その後も自己投資を続け、有名なところで学べば何かが得られると思っていたのに、そうではなかった、という経験もしました。もちろんレッスン自体が悪いわけではなく、多分自分と何かが合っていなかったのだろうと。それが言語化できなかったので、英語学習に関してはかなり試行錯誤していました。
外資系企業での「必要性」がキャリアを加速させた
浅場: そんな時、偶然私のところへ来てくださったんですね。
飯田: そうです。マッキー先生にお会いした時、直感的に「絶対にこの方から教わりたい」と思いました。
浅場: ありがとうございます。本当に長いご縁ですね。2011年の震災の年の1月頃くらいに初めてお目にかかって。Q-Leapを起業してからもレッスンを受けてくださいました。
飯田: ああ、そうでした!震災直後ぐらいにご連絡させていただいたんですよね。
浅場: ええ。英語学習の最初の動機がコンプレックスだったと伺って、尚子さんが今ビジネスで十分に英語を使いことなしていらっしゃることの価値を今日再認識いたしました。立ち止まらずに常に「先に進もう」と努力されているのは、その根本にある動機と深い関係があるんだと感じます。
飯田: はい、まさにその通りです。会社にいる間のフェーズは、本当に英語が「必要」だった時期です。一生懸命やるのみでした。そして、だんだんと自分の立場が変わってきて、最初は日本人のチームをまとめていたのが、アジアのチームをまとめるような立場になって。部下に外国人がいる状況になった時に、「これをやってみたい」という目標が明確になったんです。これが私にとっての英語の「機能的な側面」です。
浅場: 素晴らしいですね。日本人以外のチームの皆さんのマネジメントをする上で、英語に関して特に気をつけたことや難しさはありましたか?
飯田: 気をつけたポイントは、それもまた精神的な話なのですが、最初は「自分より部下の方が英語ができる」ということにヘジテート(気後れ)してしまっていたんです。大体どの国の人も私より英語が流暢でしたから。
浅場: 確かに。そこが問題じゃない、という感覚に至るまではなかなか大変ですよね。
飯田: そうなんです。「英語ができない私がリーダーって何だろう」と最初は考えていたのですが、すぐに問題はそこではないと気づきました。もちろん自分でも英語学習は進めつつ、でしたが、英語の流暢さではなく、英語で何をどう表現するか、英語の良し悪しではないところで、どうやってチームをまとめ、前に進めていくか。日本語で話すのと同じレベル感で行動・伝達するためにはどうしたらいいかを常に考えていました。
そして最終的に、日本人の部下と話すよりも「短く、シンプルに」物事を伝えなければいけないと意識するようになりました。例えば、ミーティングで「今日は何を話すか」「30分の間に何を得たいか」を先に伝えるようにしました。
浅場: なるほど! 最初に目的やアジェンダを明確にするようになったということですね。本番の会議中に言葉で迷子にならないためにもそれは重要ですね。
飯田: そうなんです。そうして明確にすることで、無駄な混乱を防ぎ、まとまらないということにならないように気を遣いました。日本人同士なら、「急に本社のSVP(シニアバイスプレジデント)が明日までに見たいって言ってきたんだよね」と言えば、「ああ、じゃあ今日頑張りますよ」「やっときます」「今晩中にやります」と、その先の阿吽の呼吸が通じますが、他の国の人だと「そうなんだ」で終わってしまう(笑)。
浅場: まさにハイコンテクストとローコンテクストの話ですね。
飯田: そうなんです! 以心伝心はない、ということを学んで、そこを特に気をつけるようにしました。英語に引っかかるのではなく、伝え方の問題だと理解したんです。そこからは明確に言語化することを第一にしました。
英語は完璧さより「伝わること」マネジメントで掴んだコミュニケーションの要諦
飯田: 以前は人前で日本人同士で英語を喋ることを少し恥ずかしいと思っていたのですが、人と人とのコミュニケーションを英語という他言語を通してできる、という感覚になってからは、全くそう思わなくなりました。
浅場: それは素晴らしい変化ですね! 今、日本人同士で英語で話したいと思うことはありますか?
飯田: あります、あります! 楽しいというか。
浅場: 私も日本人同士で英語を話していると、「新しい発想が出てくるかも」と感じることがあります。人って言語で思考していますから。日本語で考えている頭の中と、英語で考えている頭の中って、ちょっと違うんじゃないかなと思うことがあります。
飯田: 違いそうですよね!日本人同士が英語で喋るって、いいかもしれないですね。
浅場: ローコンテクストになるから日本語で話すより実はお互い理解しやすいかもしれませんね。
飯田: そうですね。ただ、それはやっぱり自分よりむちゃくちゃできる人との会話である時が楽しいな、とは思います(笑)。
浅場: ああ、なるほど、相手の言語力がかなり上だと学びがあって楽しいと。
飯田: はい。他の人がどう思うかは分からないですけど、私はそう思ったりします。
「英語を使う人生」を選んで 見据える未来の可能性
飯田: ディズニーを辞めてからもなぜ英語を続けているかというと、マッキー先生が気づいてくださったように、それは最初の英語との出会い、つまりコンプレックスを乗り越えたいというモチベーションから始まって、今「英語を使う人生」を選べたな、と自分で思えるからです。現在も仕事上、かつての職場のつながりからのグローバルな仕事もやっていますし、他の新しい仕事もグローバルなものをやると決めれば、問題なくそうできるだろうと。今後も自分が英語でリーダーシップを取る機会はきっとあるはずで、それを積極的にやってみようと思っています。そのためには、やはり常に言語を使い続け、ブラッシュアップし続けたい。それが今のモチベーションです。
浅場: 素晴らしいですね。すでにめちゃくちゃできる人になられていますよ!
飯田: いやいや(笑)。
浅場:弊社のクライアントさまには長くレッスンを続けてくださっている方が多く、やはり皆さん「第二言語を使える人生」に大きなプラスの価値を見出してくださっているようです。
飯田:ビジネスだけでなく、ちょっとした私生活の中でも有用です。皆さん本当にクリエイティブに英語を勉強されていますよね。
浅場: 尚子さんもすごくクリエイティブに英語を楽しんでいらっしゃるなと感じます。
飯田: そうですね。辛い時期は脱せたかなと思っています。プレッシャーで辛い対象だった英語が、今は「楽しい」と思える対象に変わりました。会社を辞めても一番仲の良い、今でも付き合いが続いていると思える友人は、中国系のアメリカ人だったりしますし。英語によって友人もできるというのは、本当に英語の素晴らしさだなと思います。
浅場: 今はもう独立されて、ご自身でグローバルなビジネスにチャレンジされていて、英語をフル活用されていますよね。今後、中国語もやるかも、と仰っていましたが。
飯田: 中国の銀行にバンクアカウントも作るかも、なんて話も出ています(笑)。少しずつ具体的な目標を設定していて、今は200〜300人の前で何か英語で話す機会が欲しいなと思っています。
浅場: オンラインでセミナーをされるのもいいですね。 日本やアジア・パシフィックの人たちに向けて、例えばデザインのこと、商業的なトレンド、デザインで日本と海外を繋ぐ動きなんかはすごく面白いと思います。そういった公開セミナーを英語でやってみるのも面白いかなと。
飯田: なるほど。自分でそういうのを作ってみるのもアリですね。
浅場: そうですね。日本にいると、英語で話す機会は自分から積極的に作らないと得られないので、自分で作っちゃうのが一番です。尚子さんはInstagramなどを通してファンの方もたくさんいらっしゃるでしょうし、英語で発信されるとよいと思います。デザイン市場の話などはすごく需要があると思いますし、日本のデザインシーンについてとか、日本にはどのような重要があるかなど貴重なコンテンツですね。誰かゲストを呼んでインタビューするのも面白いかもしれません。実現したら私が聞きに行きたいです!
飯田: 確かに。今、AI講座を時々やっていて、AIでどうデザインが変わるか、という話をすることがあります。
浅場: まさにそういった尚子さんの深い知見のある分野を英語でレクチャーされたらいいと思います。
飯田: そこでお伺いしたいのですが、今、日本語で話している自分の声をAIで英語に変換してくれる技術がありますが、そういった技術を駆使して講座を作るのと、自分が実際に英語で喋るのとでは、どんな違いがあるんでしょう。また実際に自分が喋る方が優れている点はどういったことでしょうか?
浅場: AIを使っての通訳や会話はどんどん進化していて、タイムラグも少なくなってきていますし、精度も上がっていると思います。それでもやはり「その人の口から出ている言葉ではない」というのは、どうしてもコミュニケーションの中で伝わってしまうと思うんです。
尚子さんが話すコンテンツには、尚子さんのスピーカーとしての個性が乗ります。それは英語の正確さとかではなく、その人の話し方、ボキャブラリーや文型の選択、イントネーション、伝え方、などで、「私はこういう風に英語を喋る人間です」という個性ごとドーンと出してしまえば良いと思うんです。携帯翻訳機なども、困った時には積極的に使うと良いと思いますが、最初からそれに頼るのではなく、「自分はこんな感じで英語を喋ります!」というところに自信を持って堂々と前に出して行けば良い、と思います。
飯田: なるほど。英語というツールの話ではあるけれど、それが今後の「自分が人間としてどうあるべきか」みたいな話にも繋がってきそうですね。
浅場: そうですね。完成品として世の中に出したい場合はAIの活用はこれから必須と思いますが、リアルタイムでオーディエンスとコミュニケーションするなら、自分の言葉が一番伝わると思います。
飯田: なるほど。すごく腑に落ちました。
浅場: ぜひ英語セミナー、やってみてください!
飯田: はい、アドバイスもいただいて、ありがとうございます!
まとめ
飯田さんのお話からは、「英語」が単なる語学スキルではなく、自己肯定感を育み、キャリアを切り拓き、グローバルな繋がりを生み出すための強力な「ツール」へと変化していった軌跡が鮮やかに浮かび上がってきました。最初はコンプレックスから始まり、仕事上の必要性から必死に取り組み、やがてコミュニケーションの本質を捉え、最終的には人生を豊かにする「楽しいもの」へと昇華させたその道のりは、多くのビジネスパーソンにとって大きな示唆に富むのではないでしょうか。「完璧な英語」を目指すのではなく、「自分らしい英語」で積極的にコミュニケーションの場を作り出していくこと。飯田さんの今後のさらなるご活躍、そして発信に期待が高まります。