コラム

腸内微生物群はもう一つの臓器

2019年5月16日
有馬 佳代有馬 佳代
腸内微生物群はもう一つの臓器

腸内フローラ(gut flora)という言葉、ネットや雑誌で見かけますよね。でもこの言葉、サイエンスではもう死語となって久しいのです。フローラとは細菌という意味ですが、腸内には細菌だけではなく、細菌からかけ離れた生命体が無数に存在し、腸内環境形成に重要な役割を果たしていることがわかったからです。そこで登場した新しい言葉が腸内微生物群(microbiota)です。今回は馴染みのない単語がたくさん登場しますが、使えるフレーズや情報も最後の方に出てくるので頑張って読んでください。

腸内微生物群とは、消化管に生息する細菌、古細菌、真核生物の集合体です
/ Microbiota means the collection of bacteria, archaea and eukarya colonising the GI (gastrointestinal).

腸内微生物群は、数千年かけて宿主(人間)と共に進化し、お互いに利益がある協力関係を築きました。
腸内微生物群の遺伝子解析、マイクロバイオーム(microbiome analyses)の解析が可能になり、腸内微生物群が脳を含む全ての臓器に影響し、また影響を受けていることが明らかになってきました。ほとんど無菌で生まれた赤ちゃんが何兆もの腸内微生物を構成する始まりはお母さんです。

母乳の力 / Power of breast feeding
昔から母乳が丈夫な子供を育てると言われていますよね。それにはちゃんと理由があるのです。母乳には、200種類以上の難消化性オリゴ糖(human milk oligosaccharides called HMO)が入っています。一方、乳腺(mammary gland)には、特殊なビフィズス菌(B. infantis)が存在します。このように餌と細菌(prebiotics and probiotics)を同時に取り込む仕組みが、腸内微生物群が臓器として働く基礎を作ります。

B. infantisがHMOを食べて出す代謝物は、腸壁に存在する特殊な細胞を育て、その細胞は赤ちゃんの免疫を調節する役割があるため、(自己免疫症のような)免疫の暴走を防ぎます。
その他にもB. infantisが作る様々な代謝物は、赤ちゃんが免疫力をつける助けや、腸細胞が粘着性タンパクを作る手伝いをし、微生物が血中へ侵入することを防ぎます。
母乳の威力はそれだけではありません。母乳は赤ちゃんの免疫を作るだけではなく、IQを高くする効果も持っています。
B. infantisはHMOを食べることで、脳の発育と認知機能の発達に不可欠な栄養素、シアル酸を腸管と血中に放出します。
赤ちゃんは、母乳からだけではなく、家族やペット、離乳食から色々な微生物を取り込み、独自の腸内環境を作ります。実に生後6ヶ月間で作られる腸内環境が生涯の健康に大きなインパクトを持つと考えられていますが、このことに関しては、長くなるのでまた機会があればお話ししましょう。

腸内微生物群は人間の臓器のように働く / Gut microbiota acts like a human organ
腸内微生物群は、食べ物によって違う代謝物を作り腸壁から血中に送り込むことで他の臓器に影響を与えます。食物繊維の豊富な食事(dietary fiber rich diet)から作られる代謝物が、高血圧(hypertension)や肥満(obesity)、糖尿病(diabetes) 、脳機能障害(brain dysfunction)、大腸癌(colon cancer)などの予防に効果があるという報告があります。

腸内微生物群の機能には、宿主の健康に直接的または間接的に影響する生体内活性のある代謝物を分泌する内分泌器官のような働きがあります。
The gut microbiota functions like an endocrine organ by generating bioactive metabolites that can directly or indirectly affect host physiology.

逆に、臓器からの影響で微生物構成が変化することも知られています。例えば、脂肪肝患者さん(fatty liver patients)の腸内微生物群には共通の顕著な特徴(shared key characteristics)があることが知られています。まだ研究段階ですが、マイクロバイオームを使った肝疾患や心疾患の診断、早期発見、治療法(microbiome-based, diagnostic, prognostic and therapeutic modalities)が期待されています。

腸と脳のダイレクトライン / Gut-brain axis
中枢神経を含む脳の中には1000億個の神経細胞があるのに対し、消化管には、なんとその5倍、5000億個の神経細胞が存在するため、怒り、悲しみ、喜びなどの感情が瞬時に消化管の働きに影響します。一方、豊かな食物繊維を食べる腸内微生物は、抗うつ作用(antidepressant)のある神経伝達物質 セロトニン(serotonin)や、鎮静、抗不安作用(sedative and anti-anxiety actions)のあるγ-アミノ酪酸(GABA)を作り、私たちの気分を向上させます。以下のようなgutを使う表現は、まさしく腸と脳がつながっていることを表していますよね。

  • 虫の知らせ:gut feeling
  • 衝撃的な出来事:gut-wrenching experience
  • そわそわと落ち着かない:butterflies in one’s stomach

健康な腸を作るために / Suggestions for healthy gut
このように、私たちの健康に深く関わるもう一つの臓器、腸内微生物群をベストのコンディションにするにはどうすればいいか?ヒントを少しまとめました。

  • Eat fatty fish.

鯖やイワシ、ハマチのような脂ののった魚は、 エイコサペンタエン酸 やドコサヘキサエン酸といった腸内善玉菌を増やして脳機能障害の発症を抑えるオメガ3脂肪酸が豊富に含まれます。
Fatty fish such as mackerel, sardine and yellowtail is rich in omega-3 fatty acids (EPA and DHA), which can increase good bacteria in the gut and reduce risk of brain disorders

  • Eat plant-based whole foods.

全粒の穀物、ナッツ・種子類、フルーツと野菜には、役立つ代謝物を作る腸内微生物の餌となる多様な食物繊維が豊富に含まれます。
High-fiber foods including whole grains, nuts, seeds, fruits and vegetables all contain diverse types of dietary fibers that feed your gut bacteria produces beneficial metabolites.

  • Eat polyphenol rich foods.

カカオや緑茶、ごぼう、そば、生姜は、ポリフェノール類という腸内細菌が食べる物質を豊富に含みます。ポリフェノールは、善玉菌を増やし、認知機能を高める効果があります。
Cacao, green tea, burdock, buckwheat and ginger are high in polyphenols, which are plant chemicals that are digested by your gut bacteria. Polyphenols increase healthy gut bacteria and may improve cognition.

  • Avoid processed foods.

清涼飲料水や、即席麺、スナック菓子などの加工品に含まれる添加物は私たちの健康や気分に悪影響を与える代謝物を増やします。
Processed foods including soda, instant noodle soup and packaged snack foods are high in additives increasing metabolites that risk our health and mood.

  • Eat real foods before spending money.

市販のプロバイオティクスやプレバイオティクスのような腸内環境を変える療法に手を出す前に、食生活の改善が必要です。
Fixing the food first before trying gut modifying-therapies such as commercially available probiotics and prebiotics.

 

参考文献

  1. Gilbert, J and Knight R. DIRT IS GOOD: the Advantage of Germs for Your Child’s Developing Immune System. GRIFFIN, 2019.
  2. Tripathi ,A., et al. The gut–liver axis and the intersection with the microbiome. Nature Rev. Gast. Hepat. 2018; 15, 397–411.
  3. Martin, CR, et al. The Brain-Gut-Microbiome Axis. Cell Mol Gastroenterol Hepatol. 2018;6(2):133–148.

 

 

著者について

有馬 佳代

有馬 佳代

遺伝学・栄養学博士、管理栄養士。徳島大学医学部栄養学科卒、米国アリゾナ大学大学院博士課程終了。 カリフォルニア大学アーバイン校とサンディエゴ校での研究活動を経て、Kayo Dietを設立、栄養指導、料理指導およびレクチャーなどを日米で展開しています。

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