Aug 22nd, 2021
ビジネスに役立つ経済金融英語 第3回:リフレーション
最近は「リフレ」とか「リフレトレード」という言葉を耳にして「そうですねえ・・・」と相手の調子に合わせつつ目が泳いだり冷や汗をかいたりした方も多いのでは?
この言葉が分かりにくいのは、①経済状況とその経済状況を実現する政策の両面で使われることが多い、②最近は新型コロナウイルス危機からの復興を目指す政策の意味で使われることも多く、使われ方が曖昧になっている、③そもそもメディアや学者によって明確に定義されていない(らしい)、したがって④「リフレトレード」とは、何を目指しているのか、どういう取引なのかがどうにもつかみにくい、といったところかと思う。一つ一つを検討していこう。(なお、本稿中の英語の翻訳および下線はすべて鈴木)。
1.「リフレ」には二つの意味あり
Reflation is a monetary or fiscal policy by the government and central bank respectively to boost demand and thus increase the level of economic activity and combat deflation. Policies may include reducing interest rates, lowering taxes, investing in large infrastructure projects, and changing the money supply. Reflation may also refer to an economic phase after a period of recession – the initial stage of a nation’s economic recovery.[i]
上は経済金融専門のオンラインペーパー、Market Business Newsの記事の抜粋だが、要するに二つのことを述べている。
- リフレーションとは、需要を刺激し経済活動を拡大してデフレーション(物価が下がること)を克服するための政府および中央銀行による財政/金融政策のこと。
- 景気後退期の直後、すなわち景気回復の初期の局面を指す場合もある。
要するに「リフレーション」という一つの語がリフレーションという「経済状況」とリフレーションを実現するための「政策」(リフレ政策)のどちらの意味でも使われ、文脈で判断しなければならない場合があるため、慣れないと戸惑ってしまうのだ(なお日本では「リフレ政策」を推進しようとする学者や政策担当者のことは「リフレ派」と呼ばれることが多い)。これが混乱の一つ目。
2.リフレーションはインフレーションの延長にあらず
混乱の二つ目の要因は、「インフレーション」と「リフレーション」という言葉の類似から来る誤解である。
“Inflation is always and everywhere a monetary phenomenon.”[ii](インフレーションは、いついかなる場合でも貨幣的現象である)
これはマネタリスト[iii]として有名なミルトン・フリードマン(1912-2006)博士の言葉だ。つまりインフレとは、通貨量が膨張して物価が上がることに他ならない。これに対し、英和辞書『リーダーズ・プラス』でreflationを引くと、冒頭に「通貨再膨張」と書いてあり「インフレーションにならない限度」との説明もあるため、「リフレ」とは「デフレ」と「インフレ」の中間の貨幣的現象ではないかとつい考えてしまう。だが厳密に言うとこの理解は不正確だ。
次にシドニー・モーニング・ヘラルド紙の記事を見てみよう。
Here’s a quick explanation. In a general sense, “reflation” is thought of as an upswing of the economic cycle where both growth and inflation are accelerating, typically (but not always) following a deflationary period or recession.(ここで簡単に説明しておこう、一般的な意味で、「リフレーション」とは通常(しかしいつもという訳ではない)、一定期間続いた景気後退期の後に経済成長率とインフレ率がいずれも加速する景気回復と捉えられている) ……“Reflation” requires both economic growth and inflation to be accelerating – and it is the combination of those two factors to which sharemarkets react.[iv](「リフレーション」には、経済成長率とインフレ率がいずれも伸びる必要がある。なお株式市場はこの2要素に反応する)……Although it sounds similar, inflation only deals with how the prices of goods and services are changing(インフレーションはリフレーションと響きが似ている。だがインフレは財価格とサービス価格がどう変化するかを示しているに過ぎない)
現在メディア等で使われている「リフレーション」という言葉は、単なる通貨の再膨張ではないし、デフレーション(物価下落)と持続的なインフレーションの中間でもないと理解しよう。
すなわち、この節の冒頭の言葉をreflationに当てはめれば次のようになるのではないか。
“Reflation is not always and everywhere a monetary phenomenon.”(リフレーションは、いついかなる場合でも貨幣的現象であるとは限らない)
3.新型コロナ危機対策=「リフレ政策」ではない
今回の新型コロナウイルス(Covid-19)による景気の急激な落ち込みと各国の政策対応を受けて、次のような説明も試みられている。以下はワシントンポスト紙に掲載されたブルームバーグ記事からの抜粋である。
It’s the prospect of a return to global growth after the economic hit from the Covid-19 pandemic.……In markets, the term is used liberally to define an uptick in growth and price pressures after a broad contraction, often referring to the rate of change rather than the absolute level of prices. This year, it sometimes has been used interchangeably with the word “reopening.” (新型コロナウイルス危機による経済的打撃後に世界的な経済成長に戻るという見通しのこと……市場では、このリフレーションという用語は、経済成長率と価格水準が大幅に後退した後に回復するといった意味で使われ、価格については、絶対水準ではなく変化率を指すことが多い。そして今年は、「経済活動の再開(reopening)」という言葉と同義で使われることもある)[v]
この記事を読むと、「新型コロナウイルスによる景気の落ち込みに対する財政・金融政策」=「リフレ政策」と読める。間違いではないがミスリーディングで、これが「リフレ」に対する混乱の三つめの原因と思われる。だが、あくまでも新型コロナ危機によって生じた景気後退からの脱却を目指して選択された政策がリフレーション(政策)だ、という点はしっかり抑えておきたい。
4.リフレ政策で目指すインフレ率は何%?
では、リフレーション(リフレ政策)で目指すインフレ率は何%のことなのだろう?明確な定義があるわけではないが、今年7月の連邦公開市場委員会(FOMC)声明が大きな指針となりそうだ。
The Committee seeks to achieve maximum employment and inflation at the rate of 2 percent over the longer run. With inflation having run persistently below this longer-run goal, the Committee will aim to achieve inflation moderately above 2 percent for some time so that inflation averages 2 percent over time and longer‑term inflation expectations remain well anchored at 2 percent. (当委員会は雇用最大化と長期的な2%のインフレ率の達成を目指す。インフレ率がこの長期的な目標を継続的に下回ってきたため、委員会は当面、2%をやや上回る程度のインフレ率の達成を目指す。これによりインフレ率は時間とともに平均で2%になり、長期的なインフレ期待は2%にしっかりととどまる)[vi]
なお、欧州中央銀行(ECB)も今年7月にインフレ目標を中期で「対称的な2%」(symmetric 2% inflation target over medium term)へと引き上げた。[vii] ちなみに、日本銀行の「物価安定の目標」も2%だ。要するに現状でリフレ政策が目指しているインフレ率は「年率2%」と考えてよさそうだ。
5.リフレトレード(取引)
最後に「リフレーション取引」とは何か。これはリフレ政策の効果を期待する方向への投資行動のこと。どんなセクターが有利/不利なのか?については、再びシドニー・モーニング・ヘラルド紙の記事を紹介しておこう。
It tends to favour small cap companies over large caps; cyclical sectors such as energy, resources, financials, consumer discretionary and technology shares.……“Reflation” is also generally accompanied by rising interest rates in bond markets, such as the benchmark 10-year government bond yield, which is exactly what is happening. This provides headwinds for assets such as fixed-rate bonds, gold and interest-rate sensitive shares, such as Real Estate Investment Trusts, utilities and infrastructure.(大型株よりも小型株、エネルギー、資源、金融、一般消費財、テクノロジー株といった景気敏感株が有利……「リフレーション」は米10年国債利回りなど債券利回りの上昇を招くので、固定利付債、金(gold)、不動産投資信託(REIT)、公益事業、インフラなどには不利だ)[viii]
金融緩和政策と財政拡張政策(リフレーション=リフレ政策)が成功して景気後退から景気回復に向かい始める(リフレーションになる)と、金利は上昇し始めるので、いわゆる金利物に気をつけろ、というのがこのシドニー・モーニング・ヘラルドの記事の後段のメッセージだ。
以上「リフレーション」あるいは「リフレ政策」で混乱しやすいと思われるポイントを私なりに整理してまとめてみた。皆様の実務上のヒントとして使っていただければ。
ではまた来月!
脚注
[i] “What is reflation? Definition and meaning “ Market Business News (MBN) https://marketbusinessnews.com/financial-glossary/reflation-definition-meaning/
[ii] Friedman, Milton. 1970. Counter-Revolution in Monetary Theory. Wincott Memorial Lecture, Institute of Economic Affairs, Occasional paper 33.(貨幣理論における反革命)
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/pdf/10.1002/9781119205814.app2
[iii] 通貨供給や金利操作などの金融政策の重要性を主張する経済学者のこと(デジタル大辞泉©Shogakukan Inc.)
[iv] “What is a ‘reflation trade’ and why is it important to investing?‘, By Graham Parkes
The Sydney Morning Herald, February 23, 2021https://www.smh.com.au/money/investing/what-is-a-reflation-trade-and-why-is-it-important-to-investing-20210223-p57543.html
[v] “What’s a Reflation Trade, and Who Wins and Loses?’by By Justina Lee and Claire Ballentine | Bloomberg, July 8, 2021 https://www.washingtonpost.com/business/whats-a-reflation-trade-and-who-wins-and-loses/2021/07/08/10e34076-dfa1-11eb-a27f-8b294930e95b_story.html
[vi] Federal Reserve press release on July 28, 2021
https://www.federalreserve.gov/monetarypolicy/files/monetary20210728a1.pdf
FOMC声明全文(ロイター編集)
https://jp.reuters.com/article/usa-fed-statement-idJPKBN2EY2UE
[vii] 「木内登英のGlobal Economy & Policy Insight欧米中銀のインフレ目標政策見直しとその課題」 野村総合研究祖 https://www.nri.com/jp/knowledge/blog/lst/2021/fis/kiuchi/0709_3
[viii] “What is a ‘reflation trade’ and why is it important to investing?‘, By Graham Parkes(上のivと同じ記事です)