ビジネスに役立つ経済金融英語 第4回:インフレ、デフレ、ディスインフレ


- 需要を刺激し経済活動を拡大してデフレーションを克服するための政府および中央銀行による財政/金融政策のこと。
- 景気後退期の直後、すなわち景気回復の初期の局面で、ほどほどのインフレ率と経済成長率の双方が実現している経済状況のこと。
なお、英和辞書等を引くと、「通貨再膨張」という訳語が目立つ。意味としては、デフレから脱却してマネーサプライが再膨張し本格的なインフレーションに入る前の状態のことを指すのでこの語釈は正しい。ただし生活実感と結びつかないためわかりにくい。したがってビジネスマンの皆さんはこの訳語を忘れた方がいいと私は思う。
さて今回は、「リフレ」以外で混乱しやすいインフレ関連用語をいくつか紹介する。経済理論の説明というよりも、似たような言葉を把握するための回とお考えいただきたい(なお、本稿中の英語の翻訳および下線はすべて鈴木)。
インフレーション(inflation)
前回は、リフレーションの説明の一環として次の言葉を紹介した。
“Inflation is always and everywhere a monetary phenomenon.”[i](インフレーションは、いついかなる場合でも貨幣的現象である)
マネタリスト[ii]として有名なミルトン・フリードマン(1912-2006)博士の言葉だが、実はこの文言は、ある一文から最も有名な部分だけを抽出したフレーズ(節)にすぎない。
正式な文は以下の通り。
“Inflation is always and everywhere a monetary phenomenon in the sense that it is and can be produced only by a more rapid increase in the quantity of money than in output.”[iii]
「インフレーションは、貨幣量が産出量よりも急速に増えることによってのみそれが実現するという意味で、いついかなる場合でも貨幣的現象である」
つまりフリードマン博士の考えに従えば、インフレとは、通貨の量が財貨の取引量を越えて増発され,貨幣価値が下がり,物価の上昇がつづく[iv]という場合に限定された貨幣的現象だ、ということだ。以下に紹介するいくつかの用語は、インフレーションとは反対だったり、変化の程度が異なったり、原因に注目したり、とそれぞれ視点は異なるけれども、すべてが貨幣的現象である。フリードマンさんの名言に従えば、in the sense・・・以下が異なるのだと抑えてお読みいただきたい。
デフレvsディスインフレ
デフレーション(deflation):インフレーションとは逆の貨幣的現象。物価が下がること(=貨幣価値が上がること)です。先月もご紹介したInvestopediaから。
Deflation is a general decline in prices for goods and services, typically associated with a contraction in the supply of money and credit in the economy. During deflation, the purchasing power of currency rises over time.(デフレとは財価格とサービス価格が全般的に下がること。貨幣の供給と信用の供給も縮小することが多い。デフレ期間中には貨幣の購買力は次第に上昇していく)(インベストペディアより)[v]
「物が安く買えることはいいじゃないか!」と思えるのは「狂乱物価」(後述)という言葉を知っている筆者の世代ぐらいまでかも。「値段が安くなるなら今買わなくていいや」→「物が売れない」→「(企業が)価格を下げる」「生産量を減らす」→「給料が下がる」→「さらに買い控える」→「さらに物が売れなくなる」→・・・と経済が縮小均衡していく。これではまずいとなって「脱デフレ」とか「デフレ脱却」という言葉をアベノミクスの登場前後からよく目にし、耳にするようになった[vi]。
ディスインフレーション(disinflation):プラスのインフレ率が低下(減速)すること。概念的にはインフレーションという貨幣的現象の一種だと理解する。
Disinflation……shows the rate of change of inflation over time. The inflation rate is declining over time, but it remains positive.(ディスインフレとは、インフレ率がプラスを保ちながら長期的に低下し続けること)(インベストペディアより)[vii]。
ディスインフレは、インフレ率がマイナスになる(物価が下がる)デフレではないので混乱しないようにしたい。なおここで「インフレ率がプラスを保ちながら低下している」とは、文脈によって良いニュアンスと悪いニュアンスがあるようだ。たとえば、某社ホームページに掲載された次の定義をご覧頂きたい。
(1段落目)インフレーションの状況で、中央銀行によって、弾力的な金融政策がとられた結果、インフレーションからは抜け出たが、デフレーションにはなっていない状況のこと。
この文章を読むとディスインフレとは「悪い」インフレ(下記参照)から脱し、景気の健全化を示唆するよいニュアンスを与える。ところが
(2段落目)ディスインフレーションは、物価の上昇率が低下していく状況のことをさすが、需要が減退し、それに対して供給が大幅に上回る結果引き起こるデフレーションとは異なるものとされている。バブル崩壊後の日本経済は、長くこのディスインフレーションにあったとされている(いずれも野村證券証券用語解説集[viii]より)。
この1、2段落を続けて読んだ読者は混乱するのではないか。「バブル崩壊後の日本経済は、長くこのディスインフレーションにあった」とはつまり、デフレの時期がやっと終わって景気が良くなって「良い」インフレ(後述)時代の到来を期待したらまたインフレ率が下がってマイナスになることが繰り返されてきたと言っているのだ。近年はこの2段落のニュアンスでディスインフレーションが使われていることが多いようだ。
たとえば次のような記事。
各国で物価が上がりにくいディスインフレの時は景気が減速していることが多い。ディスインフレが続けばデフレに陥る可能性が出てくるだけに、金融政策を通じて物価の安定を担う中央銀行は物価が上がりにくくなると警戒感を強める。物価の伸びが鈍っている時は逆にインフレの懸念が後退するため、中銀は利下げに踏み切りやすい。今年に入り、各国は相次ぎ利下げしている(「きょうのことば ディスインフレーション 上がりにくい物価に警戒感」(2013年5月26日付日本経済新聞))。[ix]
ところが、こうした時期が長く続いたために、一般読者には「デフレ」と「ディスインフレ」の区別があやふやになってきた模様である。
ハイパーインフレVS狂乱物価
ハイパーインフレーション(hyperinflation):極めて短期間に急激に高騰する超極端なインフレーション(貨幣的現象)のこと。
Hyperinflation is a term to describe rapid, excessive, and out-of-control general price increases in an economy.…… hyperinflation is rapidly rising inflation, typically measuring more than 50% per month.(ハイパーインフレーションとは、急激で、歯止めの利かない、度を超えた物価上昇を表現した言葉である……インフレ率が急速に上昇し、1カ月当たり50%を超えることが通例である)(インベストペディアより)[x]
ハイパーインフレの事例としては第一次世界大戦後のドイツがよく知られているが、最近では2008年にインフレ率が最大800億パーセントに達したジンバブエの例が有名。国際会計基準審議会(IASB)の、IAS第29号「超インフレ経済下における財務報告」では、ハイパーインフレを示す指標として
(e) the cumulative inflation rate over three years is approaching, or exceeds, 100%.[xi]
(「3年間の累積インフレ率が100%に近づくか、100%を超える)
と記載されている。
狂乱物価(soaring/ skyrocketing prices):1974年に日本で起きた物価の異常な高騰(インフレーション)のことだが、ハイパーインフレほどではないので要注意。
「当時の日本は、前年に発表された『日本列島改造論』の影響により地価や物価が上昇していた。そこに石油危機による物価の高騰が重なったことで、昭和49(1974)年の全国消費者物価指数は全国平均で対前年比23.2%上昇し、東京区部でも21.2%の上昇となり、「狂乱物価」といわれた」(葛飾区史「第4章 現代へのあゆみ(戦後~平成 経済の安定成長からバブル経済へ :石油危機と経済の安定成長への移行)[xii]
私は当時中学生(1960年生)だったので、石油製品やトイレットペーパーの買い占め騒動は何となく覚えている。昨年のコロナ禍でスーパーや薬局からトイレットペーパーがなくなった時に、当時のことを思い出した方も多いはず。ただし、消費者物価指数(CPI)上昇率はせいぜい年率20%台と、「月当たり50%」にも「3年間で100%」の足元にも及ばない。つまり「狂乱物価」とは、あくまで人々が狂乱する(パニックに陥る)ほどの物価高だった、という点は抑えておこう。「狂乱物価」を英語で外国人に説明するときにhyperinflationと言い間違えないように気をつけよう(余談:「狂乱物価」の英訳ではskyrocketingが近そうだ。この言葉の意味を英英辞典で引くと(of prices, etc.) to rise quickly to a very high level)(オクスフォード現代英英辞典)[xiii]と、日本語の「急騰」程度であって、日本語の「狂乱物価」よりもインフレ率を正しく表現していることがわかる)。
良いインフレVS悪いインフレ
インフレーションという同じ貨幣的現象をその原因によって分類したと捉える。
良いインフレ(good inflation):需要の拡大(=景気拡大)を原因とするインフレーションのこと。デマンドプル・インフレ(Demand-pull inflation)とも呼ばれる。
「エコノミクス・ヘルプ」という経済学入門ホームページの解説では、デマンドプル型のインフレは
・超過需要と「あまりにも多量の資金があまりにも少量の財を追っている状況」
・経済は完全雇用に近い
・経済が長期平均成長率よりも高い成長率を続ける。
・失業率が下がっている。
と定義されている[xiv]。
悪いインフレ(bad inflation):製品を作る際の費用の増加を原因とするインフレーションのこと。コストプッシュ・インフレ(Cost-Push Inflation)とも呼ばれる。
同じく、「エコノミスト・ヘルプ」によると、
この悪いインフレは需要の拡大ではなくて、原油価格、増税、名目賃金、食品およびエネルギー価格の上昇、通貨切り下げによって起きる[xv]。
で、今の日本はどうなのか?あがたグローバル経営グループの井口秀昭さんは、黒田日銀総裁就任の2年後に次のように指摘した。
日銀の異次元の金融緩和で株価は上がり、経済マインドを好転させる効果はあったのですが、これまでのところ、目標であるデマンドプル型のインフレには至っていません。……(中略)……日銀はコストプッシュでも、とにかくインフレになればいいと考えているのではないかと思います。ただ、現在の状況では、コストプッシュ型であるにしろ、マイルドなインフレを起こすことは容易ではなさそうです。……日銀はコストプッシュ型インフレを起こすこと、そしてさらに、コストプッシュ型インフレをデマンドプル型インフレに転化することの二つの大きな山を越えなければなりません。それは二つとも簡単な山ではありません(井口秀昭「良いインフレと悪いインフレ」(2015年6月1日)あがたグローバル経営グループ(下線は鈴木)[xvi]。
これが書かれてから既に6年。基本的には何も変わっておらず、黒田さんはあと1年7カ月(2023年4月8日)で任期を終える。
ではまた来月!
[i] Friedman, Milton. 1970. Counter-Revolution in Monetary Theory. Wincott Memorial Lecture, Institute of Economic Affairs, Occasional paper 33.(貨幣理論における反革命)
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/pdf/10.1002/9781119205814.app2
[ii] 通貨供給や金利操作などの金融政策の重要性を主張する経済学者のこと(デジタル大辞泉©Shogakukan Inc.)
[iii] Friedman, Milton. 1970(貨幣理論における反革命)
[iv] 世界大百科事典 第2版(コトバンク)https://kotobank.jp/word/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%95%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3-33248
[v] https://www.investopedia.com/terms/d/deflation.asp
[vi] 「賢く買う私が悪いの?謎×経済=ナゾノミクス (1)デフレ」(2017年5月2日付日本経済新聞)https://www.nikkei.com/article/DGXMZO15730200V20C17A4000000/ (有料記事です)
[vii] https://www.investopedia.com/ask/answers/032415/what-difference-between-deflation-and-disinflation.asp
[viii] 野村證券 証券用語解説集 https://www.nomura.co.jp/terms/japan/te/disinflation.html
[ix] https://www.nikkei.com/article/DGXDZO55482460W3A520C1NN1000/ (有料記事です)
[x] https://www.investopedia.com/terms/h/hyperinflation.asp
[xi] International Accounting Standard 29 Financial Reporting in Hyperinflationary Economies
https://www.readyratios.com/reference/ifrs/ias_29_financial_reporting_in_hyperinflationary_economies.html
[xii] https://www.city.katsushika.lg.jp/history/history/4-1-6-210.html
[xiii] Oxford Advanced Learner’s Dictionary 10th Edition © Oxford University Press 2020
[xiv] “Demand-pull inflation” https://www.economicshelp.org/blog/27613/inflation/demand-pull-inflation/
[xv] “Cost-Push Inflation”
https://www.economicshelp.org/blog/2006/economics/cost-push-inflation-2/
[xvi] http://www.ag-tax.or.jp/column/2015/06/post-39.php
過去の経済金融コラムの記事はこちら
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鈴木 立哉
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