Sep 27th, 2022

ビジネスに役立つ経済金融英語 第14回 ウェルビーイング Well-being


英語をそのままカタカナ語で表現してそれが日本語化する、というのは今に始まった話ではない。だが最近はビジネス上の新しい専門語や抽象語が英語の発音そのままに、いきなりカタカナで表現されて広まる事例が目立ってきたようだ。新しい日本語をつくっても意味がわからないだろうし、既存の日本語を使って一言で訳そうとしても、従来の意味や語感、使い方に引っ張られて新味が出ない。意味をきちんと伝えようとすると、原語一語を日本語一語で表現しにくいために、1ワードまたは1フレーズの英語をひとまず一言のカタカナで表現してその語を説明する訳注をつけることになってしまう(私もよくやります)。その言葉が世の中に広まっていくにつれて訳注の丸括弧「(  )」が外れ、言葉が独り立ちする、つまり「日本語化」する、といった形で「進化」する。そのうちに元々の原語の意味とは違う使われ方をしていく例もあるようだ。

 

そうした言葉の一つが「エンゲージメント」(Engagement)だ。英和辞典ではまだ「婚約」「誓約」「約束」「契約」といった訳しか見つからないようだが、日本のビジネスシーンでは、emotional involvement or commitment(心情的な関与または関わり合い)(Merriam-Webster)やbeing involved with somebody/something in an attempt to understand them/it(誰か/何かを理解しようとしてその人/それに関わっている状態)(Oxford Advanced Learner’s Dictionary)という定義に近い意味、つまり「従業員の会社への愛着度や忠誠心」という意味で使われることが多くなっている。企業と投資家との対話、顧客の商品や企業への忠誠心といった文脈でも使われる。「パーパス」もそうだ。英語はPurpose。「目的」を意味するこの言葉は、ビジネス用語として使われ始めた頃は「自分の会社はなぜ存在しているのか」「(企業の)存在意義」「(企業の)存在目的」といった訳注がついていたものだが、ここ2、3年はそれも姿を消し、「企業の」という枕詞も取れた用例が目立つ。今や「パーパス」と言えば、元々の意味である「目的」からかなり意味の絞られた企業特有の用語として定着してきた模様である。もっとも、カタカナ語に対する理解は年齢や職業、ビジネス経験、本人の意識の高さ(?)によって異なるので、「エンゲージメント」「パーパス」が訳注なしで使われて戸惑う方もまだいらっしゃるかもしれない。

今回は、「エンゲージメント」と「パーパス」ほどには定着していないと思われる「ウェルビーイング」を紹介する。英語はWell-being。まだ訳注や解説がついているうちに、しっかり頭に入れておきたい重要語だ。

 

まず、英和辞典で定義を確認する。

 

(1)英和辞典によるWell-beingの定義

wéll-bé・ing

① n. 満足のいく状態, 安寧, 幸福, 福祉 (『リーダーズ+プラス』)

 

② n. 幸福、福利、 安寧 (welfare) (←→ill-being).

・He had a sense of well-being and a delight in Christine’s company. クリスティンと一緒にいると幸福感と喜びとを感じた。『新英和大辞典』)

(①②はいずれも研究社Online Dictionary © Kenkyusha Co., Ltd. 2004.)

 

③ n. よい[満足すべき]生活状態,健康で幸福で繁栄している状態;幸福,安寧,福利、福祉(welfare)

material well-being 物質的幸福

I’m praying for your well-being. ご多幸をお祈りします。

(『小学館 ランダムハウス英和大辞典』©Shogakukan Inc.)

 

④ [名詞]U 幸福,安寧(あんねい)、繁栄。福利、健康

the well-being of the nation 国家の安寧

a sense [a feeling] of well-being幸福感

(『プログレッシブ英和中辞典』©Shogakukan Inc.)

 

(2)英英辞典によるWell-beingの定義

⑤ Definition of well-being

: the state of being happy, healthy, or prosperous (幸福な、健康的な、または裕福な状態)

Synonyms(同義語): good, interest, weal, welfare

(Merriam-Webster https://www.merriam-webster.com/dictionary/well-being )

 

⑥ the satisfactory state that someone or something should be in, that involves such things as being happy, healthy, and safe, and having enough money(幸せで、健康的で、安全で、経済的に十分豊かであるなど、ある人や何かがそうあるべき満足な状態のこと)

Macmillan Dictionary 

https://www.macmillandictionary.com/dictionary/american/well-being )

 

それでは、日本経済新聞の記事からいくつか事例を拾ってみよう。

 

(3)日本経済新聞記事①「『国の幸福』を数値で計測 経済学で社会問題を解く」より

今回のパンデミック(世界的大流行)が人々の「幸福」にどんな影響を与えているかについては、内閣府が7月に発表した「満足度・生活の質に関する調査報告書2022~我が国のWell-beingの動向~」(ウェルビーイングは良い状態、厚生とも訳され、幸せ、幸福を意味する)で詳しく確認している。

(「『国の幸福』を数値で計測 経済学で社会問題を解く」by亀坂安紀子 青山学院大学教授 2022年9月11日付日本経済新聞)

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD056RH0V00C22A9000000/ (*参照先は日本経済新聞の有料記事です。以下同じ)

 

(4)日本経済新聞②「ポストコロナの働き方 満足度指標、政策に活用を」より

国内総生産(GDP)だけでは計測できない経済社会の進歩と発展を把握する試みとして「ウェルビーイング指標」が注目されている。一般的にウェルビーイングは、経済的、社会的、そして精神的にも充足した良好な状態のこととされ、幸福度や満足度を含めて使われることが多いようだ。(「ポストコロナの働き方 満足度指標、政策に活用を」2022年6月2日付日本経済新聞)

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD164C10W2A510C2000000/

 

(5)日本経済新聞③「スマートシティーの新KPI、ウェルビーイング指標とは」より

――そもそもウェルビーイングとは、個人またはグループが身体的、精神的、社会的に良好な状態を意味する概念で、主観的な要素が多く含まれる。これをどのように指標化するのか。

南雲氏「リバブルウェルビーイングシティー指標は、客観データと主観データを組み合わせて市民(住民+関係人口)の視点から『暮らしやすさ・幸福度』を数値化、可視化するものだ」

(「スマートシティーの新KPI、ウェルビーイング指標とは」2022年3月9日付日本経済新聞)

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC013MA0R00C22A3000000/

 

(6)日本経済新聞④「働き方改革と生産性向上 従業員の理解、業績に直結」より

働き方改革が浸透していくに伴い、「従業員のやりがい」「ワークエンゲージメント(仕事への活力・熱意・没頭)」や、それらを包含する身体的、精神的、社会的に良好な状態を指す「ウェルビーイング」という概念により注目が集まっている。

(「働き方改革と生産性向上 従業員の理解、業績に直結」鶴光太郎 慶応義塾大学教授」2019年7月5日付日本経済新聞)

https://www.nikkei.com/article/DGXKZO46953600U9A700C1KE8000/

 

つまりウェルビーイングとは、①幸福だと感じられる状態が一定期間持続している、②精神的だけでなく身体的に良好な状態を含む、③「個人」だけでなく、個人が属する地域社会についても言える言葉なのだ、という感じをつかめていただけたと思う。

 

 

ここで、ウェルビーイングの意義を英語で説明した記事を二つ紹介しておく。

一つは、今回のコロナ禍で一躍有名になったアメリカ疾病管理予防センター(CDC: Centers for Disease Control and Prevention)のホームページから(翻訳、下線、太字はすべて鈴木)。

 

(7)“Well-Being Concepts”,(「ウェルビーイングという考え方」by CDC)より

Well-being is a positive outcome that is meaningful for people and for many sectors of society, because it tells us that people perceive that their lives are going well.(ウェルビーイングとは、「自分たちの生活がうまくいっている」と人々が認識し、その結果人々や社会の多くの部門にもたらされる有意義で前向きな状態のことです)。 Good living conditions (e.g., housing, employment) are fundamental to well-being. Tracking these conditions is important for public policy. (良好な生活環境(例:住宅、雇用)はウェルビーイングにとっての基本であり、こうした条件を追跡することは、公共政策にとって重要なのです)。However, many indicators that measure living conditions fail to measure what people think and feel about their lives, such as the quality of their relationships, their positive emotions and resilience, the realization of their potential, or their overall satisfaction with life—i.e., their “well-being.”  (ところが、生活条件を測る多くの指標は、人間関係の質、前向きな感情と回復力、潜在能力の実現、生活に対する総合的な満足度など、人々が自分の生活について考え、感じていること、すなわち 「ウェルビーイング」を測ることができないのです)。Well-being generally includes global judgments of life satisfaction and feelings ranging from depression to joy.(ウェルビーイングには、生活満足度だけでなく、抑うつから喜びまでの感情に関する包括的な判断が含まれると考えてよいでしょう)。

( “Well-Being Concepts”, CDC: Centers for Disease Control and Prevention)

https://www.cdc.gov/hrqol/wellbeing.htm#:~:text=Well%2Dbeing%20is%20a%20positive,is%20important%20for%20public%20policy. Page last reviewed: October 31, 2018)

 

この記事から、我々が現在使っている意味でのウェルビーイングは、アメリカ人にとっても比較的新しいコンセプトであることが推測でき、日本語ではまだまだ定着していないのも頷ける。

最後に、今年5月22日に「世界経済フォーラム」が英語と日本語で発表した次の記事をご覧いただきたい(英語、日本語ともに世界経済フォーラム。ただし下線や太字の挿入は鈴木)。

 

(8)「日本のウェルビーイングのとらえ方」

The concept of well-being has expanded from a personal state of happiness to an inclusive shift in the way society and the economy operates.(「ウェルビーイング」という概念は、個人が幸せと感じている状態から、社会と経済のあり方を包括的に変化させるものへと広がっています)。

 

In Japan, the government’s “new capitalism” aims to balance growth and redistribute wealth.(日本は、政府がかかげる「新しい資本主義」のもと、成長のバランスを取りながら富の再分配を行うことを目指しています)。

 

By placing greater value on well-being, Japan is building a society that values people and the planet, not just profit.(日本は、ウェルビーイングを一層重視することで、経済的利益だけでなく人と地球を大切にする社会を築こうとしています)。

 

What was once traditionally referred to as a state of happiness has since become a medical term. Today, “well-being” has become a comprehensive concept, referring not only to the fulfilment of emotional and physical aspects, but also the safety and enrichment of culture, food, and the environment. In other words, it is about the purpose of life.(かつて「幸福な状態」と定義されていた「ウェルビーイング」は、その後、医療などの分野で主に使われるようになり、今では経済的側面の充実のみならず、住環境や安全、文化、食、生活環境の豊かさをも指す、より包括的な概念となりました。つまり、ウェルビーイングとは、生きる目的そのものなのです)。

*英語はHere’s how Japan is embracing the concept of well-being

https://www.weforum.org/agenda/2022/05/japan-well-being-davos22/

日本語は「日本のウェルビーイングのとらえ方」

https://jp.weforum.org/agenda/2022/05/jp-japan-well-being-davos22/

 

以上(1)(2)で言葉の辞書的意味を、(3)~(6)でジャーナリズムでの使われ方を確認し、(7)と(8)を折に触れ読み返していただければ、新語としての日本語「ウェルビーイング」を一通り押さえられるのではないか。

かつては「science」の訳語として「科学」が,「philosophy」の訳語として「哲学」が、そして「society」の訳語として「社会」が充てられたそうだが、それぞれの訳語が固まるまでには試行錯誤・紆余曲折があったはずだし、ある程度の時間もかかっただろう。訳語が決まった後も、当初そうした新語を使っていたのは一部の知識階級に限られ、広く一般の人々に広がるまでにはそれなりの時間がかかったはずだ。今が明治時代なら、Well-beingを適切な日本語(漢語)に移し替える努力が払われ、一定の時間をかけて定着していったに違いない。

 

しかし現代はそんな余裕はない。一般人は普段から広く外来語と接しており、しかも新しい名称や概念はインターネット上で瞬時に世界中に広まるので、悠長に「新語」をあれこれ考えている時間などないのである。新しい概念が英語で始まれば英語の発音のままで、ドイツ語であればドイツ語のまま、アゼルバイジャン語であればアゼルバイジャン語のまま、そして日本語初の概念は日本語のままで発表される。そして最初は訳注つきで、定着するとともに訳注が取れ、それぞれの国の言葉として世界中に伝わり、定着していく時代なのだ。今後日本では、カタカナ(外国語発)の新しいビジネス語や抽象語がどんどん増える一方になるのだろうか。

 

ではまた来月!

 

(お知らせ)9月22日に新刊の訳書が出ました。

トム・ニコラス教『ベンチャーキャピタル全史』鈴木立哉訳(新潮社)

https://www.amazon.co.jp/dp/4105072919

 

また、9月30日にも次の訳書が出ます。

フレッド・ライクヘルド他著『「顧客愛」というパーパス<NPS3.0>』鈴木立哉訳(プレジデント社)

https://www.amazon.co.jp/dp/4833424762/

 

どうぞよろしくお願いします。

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