Apr 20th, 2022
ビジネスに役立つ経済金融英語 第10回: Cancel Culture
まず、次の文章をお読みいただきたい(本稿での翻訳、下線、太字はすべて鈴木)
By the way, I can’t help mentioning that recent events have also confirmed the truism that many, perhaps most men who pose as tough guys … aren’t. Putin’s response to failure in Ukraine has been extremely Trumpian: insisting that his invasion is all going “according to plan,” refusing to admit having made any mistakes and whining about cancel culture. I’m half expecting him to release battle maps crudely modified with a Sharpie.(”Putin and the Myths of Western Decadence”, by Paul Krugman, The New York Times, May 28, 2022)(1)
(ところで、ここでどうしても指摘しておきたいことがある。最近の出来事でも確認できたのは、多くの、おそらくタフガイを装っている大半の男たちは・・・実際はそうではないという当たり前の真実だ。ウクライナでの失敗に対するプーチンの反応は、極端なまでにトランプ的である。侵略はすべて「計画通り」であると主張し、誤りを一切認めようせず、キャンセルカルチャーについて愚痴を言う。ひょっとすると、プーチンはSharpie(シャーピー:カラフルな油性ペン)で粗っぽく修正した戦闘地図を発表するのではないか。そんなことさえ予想してしまう)(「プーチンと西洋諸国の退廃という神話」2022年3月28日付『ニューヨークタイムズ』*記事は有料です。
書き手はポール・クルーグマン氏。2008年にノーベル経済学賞を受賞したアメリカの経済学者で、『ニューヨークタイムズ』紙のコラムニスト。民主党寄り。一貫して大のトランプ嫌いであることが、文面からもわかるだろう。
今回のコラムのタイトルはPutin and the Myths of Western Decadence(プーチンと、西側諸国の退廃という神話)。コラム本文も冒頭から強烈だ。
Vladimir Putin’s invasion of Ukraine was, first and foremost, a crime — indeed, the war crimes continue as you read this. But it was also a blunder. In less than five weeks Putin has destroyed Russia’s military reputation, battered his nation’s economy and strengthened the democratic alliances he hoped to undermine. How could he have made such a catastrophic mistake? (2)
(プーチンによるウクライナ侵攻は、まず何と言っても犯罪である。実際、読者がいまこのコラムを読んでいる間にも戦争犯罪は続いている。だがこれは大失敗でもある。始まってから5週間もたたないうちに、プーチンはロシア軍の評判を地に落とし、国家経済に大打撃を与え、密かに傷つけようと思っていた民主主義諸国の結束を強化させてしまった。いったいどうすればこんな悲劇的な失敗をできたのだろう。)
そしてその答えの一端がstrongman syndrome(独裁者シンドローム)にあったと論じる。
Putin has surrounded himself with people who tell him what he wants to hear.(プーチンは、自分が聞きたいと思うことを話してくれる人々に取り囲まれているのだ。)と。ちなみに本稿執筆中(3月31日)に我が家に届いた日本経済新聞(紙版)夕刊のトップ記事は、タイトルが「プーチン氏に軍が誤情報」サブタイトルが「米分析、苦戦を恐怖で言えず」(3)。さもありなんと思う。
(クルーグマン氏のコラムに戻ると)その上で、プーチン大統領は西欧の民主主義が弱って(退廃して)きたので、マッチョなロシア軍が一気に攻めれば簡単に勝てると踏んでいたが大甘だった。Modern wars aren’t won with swaggering machismo.(現代の戦争は、威張ったマッチョマンでは勝てない)。確かに、西側諸国の古くからの民主主義的価値観は、法の支配や、自分が受け入れがたい選挙結果を受け入れないといった形で「退廃した」かもしれないが、プーチン氏が思い込んでいたような、ぬるま湯に浸ったような無気力で力がないという意味で「退廃」したわけではなく、ロシアの侵略に対しては極めて効果的に一致団結したと指摘している。
・・・とまあ、ご関心のある方は実際に記事をお読みいただくとして、今回取り上げたいのは引用文の中のcancel culture。『ニューヨークタイムズ』紙でも初出が2018年7月、『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙が2019年6月、日経電子版では2020年7月以降で、日経で検索できた記事件数わずか13(3月31日まで)という新しい言葉である。日本語では何と言うのだろう。まだ日本語の辞書には、オンライン辞書にも掲載されていない模様である。Google検索では「キャンセル文化」(7万3400件)「キャンセルカルチャー」(13万4000件)と「キャンセルカルチャー」に分がありそう。日経電子版ではすべて「キャンセルカルチャー」に統一されている(いずれも2020年3月31日現在)。
さてプーチンさん、「キャンセルカルチャーについての愚痴」って何を言ったのか?
AFP(フランス通信社)日本語版に以下の記事があった。
反ロシア運動はナチス焚書と同じ プーチン氏が批判
【3月26日 AFP】ロシアのウラジーミル・プーチン(Vladimir Putin)大統領は25日、欧米諸国がロシアの文化を差別していると主張し、1930年代のナチス・ドイツ(Nazi)支持者による焚書(ふんしょ)運動になぞらえて非難した。
国内の文化賞受賞者とビデオ会議で面会したプーチン氏は、欧米諸国が「1000年の歴史を持つ国を取り消そうとしている」と主張。欧米で失言などをした著名人が一斉に非難を受ける「キャンセル文化」に言及し、「悪名高い『キャンセル文化』が、文化のキャンセルと化してしまった」と述べた。
ロシア人作曲家の作品が演奏会から排除され、ロシア人作家の本が「禁止」されていると指摘し、「好ましくない文献を破棄するこうした大規模な運動を最後に行ったのは、約90年前のナチス・ドイツだった。(中略)広場では本が燃やされた」と語った。
…中略…
プーチン氏は、トランスジェンダーに関するツイッター(Twitter)投稿で批判にさらされた英作家J・K・ローリング(J.K. Rowling)氏の例を取り上げ、「いわゆる性別の自由のファンを喜ばせなかったためキャンセルされた」と指摘した。(4)
(「反ロシア運動はナチス焚書と同じ プーチン氏が批判」(c)AFP)
プーチン氏の演説で、ナチスドイツ(加害者側)とともにJ・K・ローリング氏がキャンセルカルチャーの被害者として引き合いに出されたという話は、日本語ではけっこう報道されている模様だ。下記も参照されたい。
「ハリポタ」作者をプーチン大統領が擁護→「収監し毒を盛る人間が…」本人はウクライナへ連帯表明(ハフポスト日本版編集部2022年03月28日)(5)
では、キャンセルカルチャーとは一体何なのか。いくつか検索してみると、IDEAS FOR GOOD(世界をもっとよくする世界のアイデアマガジン)の下の解説が網羅的で非常にわかりやすかったので紹介したい。
キャンセルカルチャーとは、著名人をはじめとした特定の対象の発言や行動をSNSなどで糾弾し、不買運動を起こしたり放送中の番組を中止させたりすることで、その対象を社会から排除しようとする動きのこと。政治家や芸能人、インフルエンサー、また企業なども対象となることがあり、人種差別的な発言や同性愛者に対する偏見、そのほか何らかの不正が明るみに出たときなどに起こることが多い。
キャンセルカルチャーは、アメリカを中心に2010年代中頃から見られるようになった。他者の過ちを徹底的に糾弾する「コールアウトカルチャー」の一種で、「You are cancelled(あなたは用無し)」と言って相手を切り捨てる、ボイコットに近い現象とも言える。日本語の「炎上」と似た意味も持っているが、キャンセルカルチャーは売上不振や役職辞任といった、対象者への何らかの制裁を求めている点が炎上とは異なる点だ。
(「キャンセルカルチャーとは・意味」IDEAS FOR GOOF 社会をもっとよくする世界のアイデアマガジン)(6)
要するに、異論を徹底的に排除する社会的な風潮ということ。ウクライナ侵攻を受けて世界中に広がっている「ロシア外し」は、まさに「キャンセルカルチャー」ではないか、とプーチン氏が嘆いたということだったわけだ。
「キャンセルカルチャー」は愉快ではないし、流行語になってほしくない。ただ、特にコロナ禍以降に我が国で一時広がった「自粛警察」をめぐる騒動や、つい最近、JR東日本の某駅で起きたロシア語案内板の撤去事件を見ると、残念ながら、今の世の中にはそういう風潮があるのも事実だろう。国際法を犯して隣国に攻め入りながら、世界的に広がる自国への経済的・政治的制裁を自国民および自国文化全体を対象にした「キャンセルカルチャー」だと嘆く彼の国の大統領の発言には、その意味で一面の真理を突いていることを認めざるを得まい。この言葉の意味と使い方をこの機会にきちんと抑えておきたい。
(余談)
さて、本件に関してはニューヨークタイムズ紙にも当然記事がありました。日付からみると、クルーグマン氏はこの記事を見てコラムを書いたのかもしれない。
Putin Goes Into Battle on a Second Front: Culture(プーチン、第二戦線で戦闘態勢に入る:それは文化だ)(2022年3月25日付ニューヨークタイムズ)
この記事の中で、日本語ではほとんど報道されていないと思われる記述が気になったので「余談」として紹介しておきたい。Western elites “canceled” the author J.K. Rowling because she “did not please fans of so-called gender freedoms,”「作家のJ・K・ローリング氏は、いわゆる『ジェンダーの自由』支持者のお気に召さなかったがために、西側エリート層にキャンセルされている」と指摘した次の段落だ。
Japan, he claimed, “cynically decided to ‘cancel’” the fact that it was the United States that dropped nuclear bombs on Hiroshima and Nagasaki at the end of World War II. And now, he said, the West is busy “canceling” Russia, “an entire thousand-year-old country, our people.”(” Putin Goes Into Battle on a Second Front: Culture” by Anton Troianovski and Javier C. Hernández, The New York Times, March 25, 2022 )(7)(プーチン氏の主張によると、第二次世界大戦末期に広島と長崎に原爆を落としたのが米国であるという事実を日本は「身勝手にも『キャンセル』することにした」という。そして今や、西側諸国は、「1000年の歴史を持つ国ロシアをキャンセルしようとしている」と述べている)
この、にわかには信じ難い、日本に関する記述を報じている日本語メディアが見当たらないのはなぜなのだろう。最近の若い小学校教師には、かつて日米が戦争していたことを知らない人がいる、という話を聞いたことがあるが、いったいこのプーチン氏の指摘は事実なのか?日本のマスコミは、これが事実かどうかをなぜ検証しないのだろう。事実でないのならなぜ日本政府は抗議しないのか。この点が非常に気になった。
ではまた来月!
脚注
(1) “Putin and the Myths of Western Decadence”, by Paul Krugman, The New York Times, May 28, 2022(有料記事です)
https://www.nytimes.com/2022/03/28/opinion/putin-western-decadence.html
(2)(1)に同じ
(3)「プーチン氏に軍が誤情報 米分析、苦戦を恐怖で言えず」(2022年3月1日付日本経済新聞夕刊)(有料記事です)
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO59563340R30C22A3MM0000/
(4)「反ロシア運動はナチス焚書と同じ プーチン氏が批判」(c)AFP
https://www.afpbb.com/articles/-/3397028
(5)「ハリポタ」作者をプーチン大統領が擁護→「収監し毒を盛る人間が…」本人はウクライナへ連帯表明(ハフポスト日本版編集部2022年03月28日)
https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_624140c0e4b097d36e44df28
(6)「キャンセルカルチャーとは・意味」IDEAS FOR GOOF 社会をもっとよくする世界のアイデアマガジン
https://ideasforgood.jp/glossary/cancel-culture/
(7) ” Putin Goes Into Battle on a Second Front: Culture” by Anton Troianovski and Javier C. Hernández, The New York Times, March 25, 2022(有料記事です)