Nov 29th, 2022
ビジネスに役立つ経済金融英語 第16回:「ターミナルレート」と「ピボット」
アメリカの中央銀行にあたる米連邦準備理事会(FRB)は11月1日と2日に開いた政策決定会合(連邦公開市場委員会(FOMC))で、政策金利であるフェデラルファンド(FF)金利の誘導目標3.00~3.25%を0.75ポイント(75ベーシス・ポイント(bp)とも言います。先月号を復習してくださいね)引き上げ、3.75~4.00%とすることを決定した。今回で6会合連続(3月、5月、6月、7月、9月、11月)での利上げ。うち6月以降の4回の利上げはいずれも通常の3倍となる0.75ポイントだった(3月の利上げ幅は0.25ポイント、5月は0.5ポイント)。年初の誘導目標は0~0.25%であり、さらに言えば、昨年夏のジャクソンホール会議(毎年夏にワイオミング州ジャクソンホールで開催される、世界中が注目する経済政策シンポジウム)で、パウエル議長は「急激な物価上昇は一時的(=利上げなんてとんでもない)」と高らかに宣言していた*。わずか1年弱の間に3.75ポイントの利上げ。まさに隔世の感がある。(*日本貿易振興機構(JETRO)パウエル米FRB議長がジャクソンホールで講演、年内に量的金融緩和縮小の見通し」
https://www.jetro.go.jp/biznews/2021/08/218cfe364ea146f4.html)
・・・ともあれ、11月2日の株価は大幅安。ただしその原因は利上げ幅よりもむしろ、利上げ発表後の記者会見でのパウエル議長発言の方にあったとみられている。下はその様子を伝えた日本経済新聞の記事から(本稿では、特に断りがない限り、英語から日本語への翻訳、文章への下線等の挿入はすべて鈴木)。
記事1:FOMC後の記者会見(日本経済新聞)
「(FOMCの結果を記す)声明に株や債券はポジティブに(鈴木注:株高、債券高という意味。下の記事7参照)反応している。これはあなたが見たかった光景か」。記者にこう問われたパウエル議長の顔がこわばった。
「特定の事象をターゲットにしていない」。回答はこれで終わりかと思いきや続けて力説した。「利上げ停止を議論するのはあまりに時期尚早。ターミナルレート(利上げの到達点)は従来想定より高くなるだろう」
パウエル議長が、市場が完全に織り込んでいた「ピボット(ハト派への転換)」観測を打ち消したかったのは明白だ。
(「米国株にサンタは来ない 年末高期待を砕くFRB」 2022年11月7日付日本経済新聞。 https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD041JR0U2A101C2000000/ *有料記事です)
本稿では、この記事の「ターミナルレート(The terminal rate)」と「ピボット(pivot)」に注目する。
[1]「ターミナルレート」
世界中は今や、FRBが①いつから利上げペースを下げるのか(実は11月のFOMCで0.5%になるのではないかとの観測もあった)、②政策金利はどの水準で、いつ頭打ちとなるのか(①が見えれば②が予想できる)、そして③FRBはいつ頃から利下げをするのか(②が決まれば③のタイミングも見えてくる)に注目している。
「ターミナルレート」というカタカナ語は、最近は日本経済新聞にもよく出てくるし、テレビ東京の投資家の関心である上の②、つまり利上げ局面の終点、政策金利の天井のことだ。パウエル氏の記者会見に関するウォールストリート・ジャーナル紙の次の記事をごらんいただきたい。
記事2:FOMC後の記者会見(ウォールストリートジャーナル)
Federal Reserve Chief Tells Markets to Focus on Interest-Rate Endpoint(FRBが市場に対し、金利の終着点に注目するよう指示)
But Jerome Powell didn’t detail what will determine the level of the so-called terminal rate(しかし、パウエル議長は、いわゆる「ターミナルレート」の水準の決定要因については詳しく説明せず)
Federal Reserve chairman Jerome Powell had one overriding message for markets Wednesday: Stop obsessing over how fast rates are rising, and start focusing on how high they get.(パウエルFRB議長は、2日(水)、一つの重要なメッセージを発した。それは「市場に対して金利の上昇速度にこだわるのをやめ、金利がどの程度上昇するかに注目せよ」ということだ)。
This was a necessary message, but a discouraging one. That’s because Mr. Powell also said that the final resting place for the Fed’s interest-rate target—dubbed the “terminal rate”—is going up.(これは必要ではあったが、ある意味残念なメッセージだった。パウエル議長は、FRBの金利目標の最終地点(「ターミナルレート」と呼ばれる)は上昇するはずだとも述べたからだ)。
(Federal Reserve Chief Tells Markets to Focus on Interest-Rate Endpoint,” The Wall Street Journal, Nov 2, 2022
米国の金融市場に関するオンラインメディア、Marketatchは「ターミナルレート」を次のように定義している。
記事3:「ターミナルレート」の定義(MarketWatch)
The terminal rate is defined as the peak spot where the benchmark interest rate — the federal funds rate — will come to rest before the central bank begins trimming it back. This terminal rate is not just a number, but a planning point for an uncertain time, experts say.
(ターミナルレートとは、中央銀行が利下げを始める前に、政策金利であるフェデラルファンド(FF)金利(の上昇)が停止する水準と定義される。これは単なる数字ではなく、不確定な未来に対する計画点であると専門家は述べている。)
(“Bad news for borrowers: The ‘terminal rate’ – the peak of the Fed’s interest rate cycle – may still be quite far off借り手には悪いニュース。FRBの金利サイクルのピークである「ターミナルレート」は、まだかなり先の話かもしれない)” MarketWatch, July 29, 2022)(閲覧回数限定の無料記事です)
また、サマーズ元米財務長官は、FOMCの決定を受けて次のように発言し、これまでの見解(「ターミナルレートは5%を超える可能性」と公言していた)を上方修正した。(英語、日本語ともにブルームバーグの記事)
記事4:サマーズ元長官がターミナルレートの見通しを上方修正(ブルームバーグ)
Former Treasury Secretary Lawrence Summers sees a risk of the Federal Reserve needing to boost interest rates to 6% or higher to bring inflation under control, given a US economy that is still running strong./サマーズ元米財務長官は、米国経済が依然として力強いため、連邦準備制度がインフレ抑制のため政策金利を6%以上に引き上げる必要性が生じる恐れがあると述べた。
“I’m moving upwards my view on the possibilities for the terminal rate,” Summers told Bloomberg Television’s “Wall Street Week” with David Westin, referring to the end-point for the Fed’s rate-hiking campaign. “It’s not what I would expect but it would not surprise me if the terminal rate reached 6 or more,” he said./サマーズ氏はブルームバーグテレビジョンで「私はターミナルレート(金利の最終到達点)の可能性を巡る見通しを上方修正している」と指摘。「私がそう予想しているわけではないが、ターミナルレートが6%以上になっても驚かないだろう」と述べた。
(「サマーズ氏、6%以上への米利上げが必要となる恐れ-インフレ抑制で」(アンスティー・クリストファー https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2022-11-05/RKV6NGT0AFB401 )
*なお、英語版はこちら(有料記事です)。
“Summers Sees Risk Fed Needs to Hike Past 6% to Curb Inflation” by Chris Anstey, 2022年11月5日
なお、ターミナルレートをめぐる見解は現時点(11月19日)決着していない。11月10日に米労働省から発表された10月の消費者物価指数(CPI)は前年同月比7.7%上昇と前月の8.2%から低下し、さらに15日には、10月の卸売物価指数(PPI)が同8%上昇と前月の8.4%から鈍化した。インフレ懸念がにわかに後退したことで12月のFOMCでの利上げ幅が0.5%へと鈍化するという期待感が浮上。ターミナルレートも下がるとの見方が広がり、株価も大幅に上昇した。
記事5:消費者物価指数を受けてターミナルレート観測が下振れ(日本経済新聞)
米利上げ天井「5%」から下振れ 物価減速への期待先行
10月の米消費者物価指数(CPI)が市場予想を下回ったことで米金融市場は先行きの利上げ減速を織り込み、株高や円相場の上昇に弾みがついた。2023年に政策金利のピークが5%台に達するとの見方が後退したことが大きい。だが物価や賃金の減速が続くかは見通せず、米連邦準備理事会(FRB)は市場の過度な楽観を警戒する。市場参加者にとっては経済指標やFRBの反応をにらみ、利上げの終着点を探る展開が続く。
(中略)
パウエルFRB議長は2日の米連邦公開市場委員会(FOMC)後の記者会見で、今後は利上げ減速を議論すると表明した一方、政策金利の最終的な到達点を従来想定の4.6%よりも引き上げる方針を示唆した。
(「米利上げ天井「5%」から下振れ 物価減速への期待先行」2022年11月11日付日本経済新聞
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB115GP0R11C22A1000000/ *有料記事です)
*下線を引いた「利上げ天井」「政策金利のピーク」「政策金利の最終的な到達点」はいずれもターミナルレート。
ところが17日になって、セントルイス連銀の総裁としてFRBの最高意思決定機関FOMCで投票権を持つジェームズ・ブラード氏(FOMC内では最タカ派と目されている**)の次の発言が飛び出した(**現在のFOMCメンバーの”勢力図”については井上哲也「FOMCメンバー 8人の中でタカ派優位に 明確なハト派は1人のみ」を参照のこと
https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20220308/se1/00m/020/021000c)。
記事6:ブラード(セントルイス連銀)総裁のタカ派発言(ブルームバーグ)
米セントルイス連銀のブラード総裁は、インフレを鈍化させるため金融当局は政策金利を「最低」でも5-5.25%に引き上げるべきだと述べた。
ブラード総裁は17日、ケンタッキー州ルイビルでの講演後、記者団に対し「私は以前、4.75-%との見解を示していた」とした上で、「きょうのこの分析に基づけば、5-5.25%ということになろう。それは最低水準だ。この分析によれば、その水準なら少なくとも(十分抑制的と見なされる)領域に達する」と語った。
講演でブラード総裁は、「十分抑制的」な政策にするという金融当局の目標を達成するには、政策金利の水準をより高くする必要があると指摘。今後も一層の利上げが必要になるとの認識を示した。
(「セントルイス連銀総裁、「最低」でも5-5.25%への利上げ必要に」)
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2022-11-17/RLHTMPT1UM0X01
*なお、英語版はこちら(有料記事です)。
ここで、「十分抑制的と見なされる」政策金利が「ターミナルレート」のこと。ちなみに、記事1と記事2で紹介した記者会見の筆記録を読むと、(ウォールストリート・ジャーナル紙や日本経済新聞の記事とは異なり)、ブラード総裁もパウエル議長もthe terminal rateという言葉を使っていない。会見で「ターミナルレート」に触れられた部分(下線部がターミナルレートのこと)を紹介するので、両記事と比べてみてほしい。
記事7:FOMC後の記者会見筆記録(FRBホームページより)
(記者会見冒頭のスピーチ)
At some point, as I’ve said in the last 2 press conferences, it will become appropriate to slow the pace of increases, as we approach the level of interest rates that will be sufficiently restrictive to bring inflation down to our 2 percent goal. (過去2回の記者会見で申し上げたように、ある時点で、インフレ率を2%の目標まで低下させるのに十分抑制的な金利水準に近づくため、引き上げペースを落とすことが適切となるでしょう。)There is significant uncertainty around that level of interest rates. Even so, we still have some ways to go, and incoming data since our last meeting suggest that the ultimate level of interest rates will be higher than previously expected.(。それでもまだ道半ばであり、前回の会合以降に入手したデータは、最終的な金利水準が以前の予想より高くなることを示唆しています。)
記者(鈴木注:記事1で触れたのはここから)
It looks like stock and bond markets are reacting positively to your announcement so far. Is that something you wanted to see? (記者:これまでのところ、株式市場や債券市場はFRBの声明にポジティブに反応しているように見えます。それは、あなたが見たかったものですか?)
We’re not targeting any one or two particular things.(我々は一つか二つの特定の事象をターゲットにしておりません)Our message should be, what I’m trying to do is make sure that our message is clear, which is that we think we have a ways to go, we have some ground to cover with interest rates before we get to, before we get to (私たちのメッセージは、私がしようとしていることは、私たちのメッセージを明確にすることです。それはつまり、私たちがまだ道半ばにいるのであり、十分に(インフレ)抑制的と思われる金利水準に到達する前に、金利を用いてカバーすべき領域があるということです)。 And putting that in the statement and identifying that as a goal is an important step.(それをFOMC声明の中に入れ、目標として明示したことは重要なステップです)。… I’ve also said that we think that the level of rates that we estimated in September, the incoming data suggests that that’s actually going to be higher and that’s been the pattern. I would also say it’s premature to discuss pausing.(また、9月(のFOMC時)に予想した金利水準は、実際に上昇すると考えていると申し上げました。9月に試算した金利水準が、その後入ってきたデータによると実際にはもっと高くなることを示唆しており、それがパターンとなっています。(政策金利の)一時停止を議論するのは時期尚早だとも申し上げています。
(https://www.federalreserve.gov/mediacenter/files/FOMCpresconf20221102.pdf )
[2]「ピボット」
先ほどの記事の一部を再掲しよう。
記事8:記事1の一部を再掲(日本経済新聞)
パウエル議長が、市場が完全に織り込んでいた「ピボット(ハト派への転換)」観測を打ち消したかったのは明白だ。
(「米国株にサンタは来ない 年末高期待を砕くFRB」 2022年11月7日付日本経済新聞 https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD041JR0U2A101C2000000/ )
を英英和辞書で引くと「軸の先端」とか「中心」という意味が上位に並び、(ハト派への転換)という訳注がピンと来ないのだが、金融関連のオンライン辞書Investopediaで調べたら、“Fed Pivot”で出てきた。
記事9:「ピボット」の定義(Investopedia)
What Is a Fed Pivot?(FRBのピボットとは?)
A Fed pivot occurs when the Federal Reserve, which is the U.S. central bank, reverses its policy outlook and changes course from expansionary (loose) to contractionary (tight) monetary policy—or, conversely, from contractionary to expansionary.(「FRBピボット」とは、米国の中央銀行にあたるFRBが政策見通しを反転させ、金融政策を拡張的(または緩和的)から収縮的(引き締め)へ、あるいは逆に収縮的から拡張的へと軌道修正することである。)
A Fed pivot typically happens when economic conditions have fundamentally changed in such a way that the Fed can no longer continue its prior policy stance.(FRBピボットは通常、経済状況が根本的に変化し、FRBがもはや以前の政策姿勢を続けることができなくなったときに起こる)
(“What is a Fed Pivot and Why Does It Matter?”(Fed Pivotとは何か、なぜ重要なのか)
https://www.investopedia.com/fed-pivot-definition-6748840
なるほど、こう理解して改めて英英辞典を見ると、次の語釈が見つかりました。
記事10:Pivotの語釈(メリアム・ウェブスター辞典)
Pivot
4: a usually marked change (通常は「著しい変化」の意)
…especially : an adjustment or modification made (as to a product, service, or strategy) in order to adapt or improve (・・・特に、適応または改善のために(製品、サービス、または戦略に対して)行われる調整または修正のこと)
A global pandemic strikes a business. The adaptable owner assesses the situation, predicts the future, and starts their pivot.(世界的なパンデミックがある企業を襲う。適応力のあるオーナーは状況を評価し、未来を予測し、方針転換に着手する)
(Merriam-Webster Dictionary:“pivot”の第4の定義)
「FRBの政策転換」というの意味での。一番近いと思われる定義が、手元の『リーダーズ・プラス』の語釈「【バスケ】 片足を軸にして他方の足で回転すること」ではないかと思った次第。ご参考まで。
来月はお休みします。今年もお世話になりました。
よいお年を!
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