Jul 5th, 2024

ビジネスに役立つ経済金融英語 第27回: Taper Tantrum(テーパー・タントラム)


1.Taper Tantrum(テーパー・タントラム)とは何か?

現在、日本銀行が取ろうとしている金融政策に関するニュースを見ながらTaper Tantrum(テーパー・タントラム)を思い浮かべたのは私だけではないだろう。ここでTaperとは「先細り」の意で、中央銀行による量的緩和策の段階的縮小のことを指す。日本の金融機関はもちろん、後に紹介するテレビ東京の「モーニング・サテライト(モーサテ)」でも最近は普通に「テーパリング」と呼ばれている。Tantrumとは「(幼児の)子供じみた癇癪」という意味である。つまりこの言葉は、「量的緩和策の縮小をめぐって生じた市場の大混乱」を指している。今月はこの言葉を取り上げるのだが、その前提として量的緩和策(Quantitative Easing)について簡単に復習し、その後米国における「テーパー・タントラム」の経緯、日本における非伝統的な金融政策を簡単に振り返った後、現在の課題へと話を進めていきたい(本稿における辞書や記事の翻訳、太線、下線、注などの挿入は、特に断りのない限りすべて鈴木)。

 

2.量的緩和策(Quantitative Easing)とは?

中央銀行が長期国債やその他の金融資産を大量に購入することで、市場に大量の資金を供給し、経済活動を刺激する金融政策のこと。平常時には実施しない「非伝統的金融政策(unconventional monetary policy)」の一つである(この点については後述する)。直近では新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)の時に日米欧を中心に世界中の中央銀行が一斉に実施したのが記憶に新しいのだが、この手法が注目されるようになったのはもっと前、リーマン・ショック後の2008年だ。下の記事は2014年に書かれた金融機関の解説から。当時の状況の復習に役立つと思う。

 

米国における量的緩和策(Quantitative Easing)(三井住友DSアセットマネジメントのHPより)

量的金融緩和(QE)(グローバル)【キーワード】

2014年10月29日

各国の中央銀行は、政策金利を上げ下げし、市中の金利水準などを調節しています。リーマン・ショック以降の世界的な景気後退では、主要先進国は政策金利を引き下げ(利下げ)、政策金利はゼロに近い水準となりました(ゼロ金利政策)。また、利下げだけではなく、大量に市中の資金量を増やす「量的金融緩和」政策(Quantitative Easing, QE)を行っています。

 

【ポイント1】米国ではQEを断続的に実施

2014年1月からはQEの減額をスタート

■米国の中央銀行にあたる連邦準備制度理事会(FRB)はサブプライムローン問題が表面化してきた2007年以降利下げを行い、政策金利を2007年央の5.25%から、2008年12月には0~0.25%としました。これに加えてFRBはQEを実施し、2008年11月から2010年6月まで米国債や住宅ローン担保証券などを購入することで市中に大量の資金を供給しました(QE1)。その後も2010年11月から2011年6月にQE2を実施し、現在は2012年9月からQE3が実施されています。そして今年1月からは、資産購入額を月額850億米ドルから、連邦公開市場委員会(FOMC)のたびに減額を進めています。

(以下略)

https://www.smd-am.co.jp/market/daily/keyword/archives/global/1240353_1982/

 

3. 米国におけるテーパー・タントラム(2013年5月)

量的緩和策はどこかで終了しなければならない。しかし購入していた資産(債券)の額をいきなりゼロにすることはなく、徐々に購入額を減らしていく。ところが市場関係者にとっては、資産買い入れが続いている(資金供給は続いている)にもかかわらず、その額が減少するということは 一種の金融引き締めに近い心理的効果をもたらすことになるので、金融当局はその発表をする際には慎重の上にも慎重を期す必要性がある。 2013年はそのコミュニケーション(communication:市場との対話)戦略を誤ったために市場に大混乱が起き「タントラム」と呼ばれるようになった。次は、これまでもよく転載した金融用語のオンライン解説ページ、Invespediaから。

 

Taper Tantrum(テーパー・タントラム)

What Is the Taper Tantrum?

The phrase, taper tantrum, describes the 2013 surge in U.S. Treasury yields, resulting from the Federal Reserve’s (Fed) announcement of future tapering of its policy of quantitative easing. The Fed announced that it would be reducing the pace of its purchases of Treasury bonds, to reduce the amount of money it was feeding into the economy. The ensuing rise in bond yields in reaction to the announcement was referred to as a taper tantrum in financial media.

 

(和訳)

テーパー・タントラムとは何か?

2013年に米国債利回りが急上昇した現象を指した表現で、米連邦準備制度理事会(FRB)が量的緩和政策の縮小を発表したことが原因である。FRBは、経済に供給する資金量を減らすために、米国債の購入ペースを減速させると発表した。この発表に反応して国債利回りが上昇したことが、金融メディアでテーパー・タントラムと呼ばれた。

(Taper Tantrum of 2013: What It Is and What Caused It

https://www.investopedia.com/terms/t/taper-tantrum.asp

 

実際には、バーナンキ元議長が量的緩和策の減額の可能性を示唆したのは同年5月22日の議会証言における質疑応答の中でであった。日本経済新聞の当時の記事でその雰囲気を振り返ってみよう。

 

バーナンキ発言直後の市場の混乱(バーナンキ・ショック)

議会証言をはじめとするFRB関連の材料が米国株相場を揺さぶった。バーナンキ議長が「時期尚早な金融引き締め」の悪影響を指摘したため、金融緩和が長引くとの見方からダウ工業株30種平均は午前中には150ドルあまりの大幅高となる場面があった。

 

その後の質疑応答でバーナンキ議長が経済指標次第で「今後23回の会合で、資産購入の縮小に踏み切る可能性がある」と述べると、市場の雰囲気が一変。米国債に売りが膨らみ、外国為替市場では円売り・ドル買いが優勢となった。伸び悩みながらも上げを保っていたダウ平均も午後にかけて一段と失速。

 

米連邦公開市場委員会(FOMC)の議事要旨で複数の委員が「早ければ6月にも資産購入規模を縮小したい」との意向を示していたのが明らかになると売りが加速し、ダウ平均は一時120ドル超の下げとなった。まさにジェットコースターのような荒い値動きとなった。

(「NY株ハイライト 流動性相場に曲がり角 FRB議長が投じた一石」【NQNニューヨーク=横内理恵】2013年5月23日日本経済新聞電子版 *有料記事です。

https://www.nikkei.com/article/DGXNASFL2302P_T20C13A5000000/ )

 

その後数カ月の影響を解説した記事を紹介する。

 

その後の影響:Taper Tantrum(テーパー・タントラム)

(三井住友DSアセットマネジメントのHPより)

2013年の「バーナンキ・ショック」により金融市場は混乱

■『テーパー・タントラム』は、量的金融緩和の縮小(テーパリング)に対する懸念により、金融市場がかんしゃく(タントラム)を起こしたように混乱することを指します。2013年5月には、米連邦準備制度理事会(FRB)のバーナンキ元議長が市場の想定より早いタイミングで、金融危機以降実施していた資産購入規模の縮小を示唆しました。これにより、それまで大規模な金融緩和に支えられていた資金の流れが急激に変わり、長期金利の急騰や新興国市場からの資金流出による通貨安などが生じました。

 

■当時、米連邦公開市場委員会(FOMC)が四半期ごとに公表しているドット・チャート(メンバーが予想する政策金利の予想分布)では、2015年12月までに3回の利上げが予想されていました(2013年3月時点)。しかし、「バーナンキ・ショック」と呼ばれるこの『テーパー・タントラム』を受けてFRBは金融市場との対話に苦心することとなり、実際の初回利上げは2015年12月の会合まで後ろ倒しとなりました。

(三井住友DSアセットマネジメント「日々のマーケットレポート」2021年3月4日『テーパー・タントラム』~8年前のトラウマ~)

https://www.smd-am.co.jp/market/daily/keyword/2021/02/key210304us/

 

結局FRBが資産買い入れ規模の縮小を正式に決定したのは2013年の12月18日だった。

 

テーパリングを決定したFOMC政策声明(20131218日)

Taking into account the extent of federal fiscal retrenchment since the inception of its current asset purchase program, the Committee sees the improvement in economic activity and labor market conditions over that period as consistent with growing underlying strength in the broader economy. In light of the cumulative progress toward maximum employment and the improvement in the outlook for labor market conditions, the Committee decided to modestly reduce the pace of its asset purchases.

 

(和訳)

現在の資産購入プログラムの開始以来の連邦財政の緊縮度合いを考慮すると、当委員会はこの期間の経済活動と労働市場の改善に伴い、経済全般の基礎的な力も強靭になったと見ている。雇用の最大化に向けた着実な進展と労働市場の見通しの改善を踏まえ、当委員会は資産購入のペースを緩やかに減速させることを決定した

(Federal Reserve issues FOMC statement, December 18, 2013

https://www.federalreserve.gov/newsevents/pressreleases/monetary20131218a.htm

 

上の記事にある通り、実際の初回利上げは2015年12月の会合まで後ろ倒しとなった。

 

4.日本における非伝統的な金融政策

日本における非伝統的金融緩和については、みずほ証券と一橋大学が共同作成したファイナンス用語集に便利な記述があったので紹介する。

 

日本における「非伝統的金融政策」(みずほ証券X一橋大学「ファイナンス用語集」より)

非伝統的金融政策(Unconventional Monetary Policy)とは、伝統的な金融市場調節手段である政策金利がゼロ、あるいはほぼゼロになった状況から、さらに金融緩和を行う政策を意味する。具体的には、中央銀行のバランスシートを拡大させる量的緩和やマイナス金利政策、イールドカーブ・コントロールなどが挙げられる。

 

日本銀行における伝統的な金融政策とは、政策金利である短期市場金利(無担保コールオーバーナイト物金利)を誘導する公開市場操作を通じて、金融市場調節を行う金融政策である。しかしながら、1999年から2000年にかけては、金融市場調節方針は「無担保コールレート(オーバーナイト物)をできるだけ低めに推移するよう促す」とされ、いわゆる「ゼロ金利政策」が実施され、政策金利を引き下げる余地がなくなったため、非伝統的金融政策が導入された。

 

日本における非伝統的金融政策の推移は以下の通りである。

1999年2月  ゼロ金利政策の開始

2000年8月  ゼロ金利政策の解除

2001年2月  ゼロ金利政策の開始

2001年3月  量的緩和政策 (Quantitative Easing, QE)の開始

2006年3月  量的緩和政策の解除 ゼロ金利政策へ移行

2006年7月  ゼロ金利政策の解除

2010年10月  包括的な金融緩和政策の開始

2013年4月  量的・質的金融緩和政策(Quantitative Qualitative Easing, QQE)の開始:A

2016年1月  マイナス金利付き量的・質的金融緩和政策(3次元QQE)の開始:B

2016年9月  長短金利操作付き量的・質的金融緩和の開始:

 

https://glossary.mizuho-sc.com/faq/show/1226?site_domain=default

 

上記のAがいわゆる「異次元緩和」で、金融政策の操作対象を従来の金利(無担保コールレート・翌日物)から資金供給量(マネタリーベース)の「量」に変更してこの供給量を増加することを「量的緩和」、さらに「質」にも配慮して長期国債を買い入れることや、上場投資信託(ETF)などのリスク性資産の買い入れ額を拡大すると「質的緩和」と呼ぶ(野村證券の証券用語集よりhttps://www.nomura.co.jp/terms/japan/ri/A02168.html:前回の連載「3-(2)日本経済新聞「きょうのことば―異次元緩和」も参照のこと)。

 

 

日本でマイナス金利が導入されたのは2016年1月であり、2024年3月19日の金融政策決定会合で「マイナス金利解除、長短金利操作撤廃、ETF購入終了」が決定された。詳細は前回の第26回連載「金融政策の枠組みの見直しについて」を参照してほしい。

 

ここで注目すべき点は、米国ではリーマン・ショックを受けて2008年以降に3度(2008年11月、2010年11月、2012年9月)、コロナのパンデミックを受けて2020年3月(2020年6月には資産購入ペースを拡大)の合計4回量的緩和策が実施され、いずれもテーパリングを経て解除された後、2022年3月から利上げまで行われた(今は再びの利下げが検討されている)一方で、日本では2013年に導入された量的緩和策がまだ一度も解除されたことがないということだ。

 

5.2024年6月:日本でもいよいよ量的緩和策の縮小(Tapering)へ⇒テーパー・タントラムは起きているのか)

本連載でも度々紹介しているテレビ東京の「モーニング・サテライト」に「今日の経済視点」という短いコーナーがある。 番組の最後に2人のレギュラー・コメンテーターが重要な経済用語フリップに書いてそれについて1分程度コメントする。私はこのコーナーに注目し極力メモに取っている。

 

6月19日のゲストのうちの一人は野村證券の池田雄之輔さんで、「今日の経済視点」は「植田総裁の『相応』」とは?」だった。

 

「植田総裁の言う『相応』」とは?①

(2024年6月19日のモーサテにおける野村證券池田氏の発言)

今回の日銀で来月の国債の買い入れの減額ということを打ち出していますけれども、どれくらいの規模になるのかというのが焦点で、その時に総裁は会見で『やる以上は相応の金額』と言いました。ただこの「相応」をどう解釈するかということで、まああの、「やる以上は」といったことなので、基本インパクトがあるという見方がいいと思うんですけれども・・・(以下略)

 

(2024年6月19日 テレビ東京「モーニング・サテライト」の池田雄之輔氏(野村證券)の発言を鈴木がメモ)

 

では6月の金融政策決定会合で何が決まったのか?(ここから引用する日銀の政策声明は、日本語、英語ともに日銀のホームページからの転載)。

 

今回、日銀は次の発表を行った(出所は、日本語原文、英語訳ともに日本銀行のホームページ)。

 

テーパリング予告「当面の金融政策運営について」(2024年6月14日)(日本銀行ホームページより)

1. 日本銀行は、本日、政策委員会・金融政策決定会合において、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を、以下のとおりとすることを決定した(全員一致)(At the Monetary Policy Meeting (MPM) held today, the Policy Board of the Bank of Japan decided, by a unanimous vote, to set the following guideline for money market operations for the intermeeting period:)。

 

無担保コールレート(オーバーナイト物)を、0~0.1%程度で推移するよう促す。

(The Bank will encourage the uncollateralized overnight call rate to remain at around 0 to 0.1 percent.)(注:これは前回と同じ)

 

次回金融政策決定会合までの長期国債およびCP等・社債等の買入れについては、2024年3月の金融政策決定会合において決定された方針に沿って実施する。(Regarding purchases of Japanese government bonds (JGBs), CP, and corporate bonds for the intermeeting period, the Bank will conduct the purchases in accordance with the decisions made at the March 2024 MPM. )その後については、金融市場において長期金利がより自由な形で形成されるよう、長期国債買入れを減額していく方針を決定した(賛成8反対1)。(The Bank decided, by an 8-1 majority vote, that it would reduce its purchase amount of JGBs thereafter to ensure that long-term interest rates would be formed more freely in financial markets.)市場参加者の意見も確認し、次回金融政策決定会合において、今後1〜2年程度の具体的な減額計画を決定する。(It will collect views from market participants and, at the next MPM, will decide on a detailed plan for the reduction of its purchase amount during the next one to two years or so.)

 

(「当面の金融政策運営について」2024年6月14日日本銀行/Statement on Monetary Policy, June 14, 2024 Bank of Japan)

 

要するに、長期国債の買い入れ金額を「今回は減額しないけれども、次回減額します。金額等細かい話は来月まで待ってほしい」と言っているわけだ。次に、池田さんの紹介した「相応」について。これは金融政策発表の記者会見時のやり取りで出た発言だ。

 

日銀総裁での質疑応答「減額する以上、相応の規模となる」(日本銀行ホームページより)

(問) 幹事社から二問質問させて頂きます。一問目は長期国債の買入れについてですが、今回、次回の金融政策決定会合で今後1、2年程度の具体的な減額計画を決めるということですけども、実際に減額を始めるタイミングについては、次回の会合終了後すぐに開始すると、そういうことでよろしいでしょうか。また、減額に当たってですね、日銀のバランスシートの規模を適正化するという観点から、かつ市場の大きな変動を避けながら、どのようなペースで減額を進めるのか伺えないでしょうか。また、国債買入れによるストック効果については概ね 1%程度の長期金利の押し下げ効果があるということですけども、今後、国債の買入れを減額することによって、この金融緩和の度合いについてどのような変化があるのか伺えないでしょうか。

 

(答) 今日の会合では、3 月に決定した枠組み見直し後の金融市場の状況を確認したうえで、金融市場において長期金利がより自由なかたちで形成されるよう、国債買入れを減額していく方針を決定したところです。その際、国債買入れは、国債市場の安定に配慮するための柔軟性を確保しつつ、予見可能なかたちで減額していくことが適切であるという基本的な考え方も共有致しました。減額する以上、相応の規模となるというふうに考えていますが、具体的な減額の幅やペース、減額の枠組みなどについて、市場参加者の意見も確認しながら、しっかりとした減額計画を作っていきたいと考えております。金融市場局が開催する、先ほど申し上げました、債券市場参加者との会合を活用しつつ検討を進め、次回の会合において、今後1~2年程度の具体的な減額計画を決定し、速やかに減額を行う予定であります。(・・・中略・・・)

 

(別の問)

(問)(5問め) 今日の運営方針の公表後にですね、ちょっと為替が円安に少し進んでいると。市場では、思ったよりこの国債の減額の方針が、具体性がなくて引き締め姿勢が弱かったんじゃないかという評価がされていると思うんですが、率直に総裁、どう受け止めているかっていうのが一点です。 二点目が、7 月の会合で具体的な減額計画出すということで、市場への影響がそれなりに出る可能性もありますけど、こうなってくると 7 月に同時にですね、追加の利上げをするのは難しくなるっていう考え方っていうのはあるものなんでしょうか、お聞かせください。

 

(答)まず、今日ある種決定はしたけれども細部については予告にとどめて、次回細部を具体的に決定し発表するというプロセスを踏んだのは、先ほど申し上げましたように、市場参加者の意見等も伺って、丁寧に進めたいということでございます。ただ、丁寧に進めるということは、言い方難しいですけれども、ほんのわずかしか減額しないということではありませんで、先ほども申し上げましたように、減額する以上、相応な規模になるというふうに考えています。それがどれくらいかということは、7月にならないと申し上げられませんが。

 

(総裁記者会見 ――2024年6月14日(金)午後3時30分から約65分)。2024年6月17日 日本銀行)より一部抜粋。日本銀行ホームページ「講演・記者会見」から。

https://www.boj.or.jp/

 

(問)は記者会見の最初の質問である。内容からわかるように記者が11年前の「テーパー・タントラム」を懸念して尋ねていることは明らかだと思う。植田さんもこのことを十分承知して慎重に回答している。植田さんは総裁就任以来、日銀のやろうとしていることを前もって予告して市場をビックリさせないようにするという慎重なコミュニケーション戦略を取っておられるようだ。大きな花火(というか「バズーカ」)を突然打ち上げて市場にショックを与えることの多かった黒田前総裁の時とは大違いだ。どちらがよいかはわからないが、欧米の中央銀行は金融政策の方向性を事前に言葉を尽くして説明する。中央銀行(金融政策当局)が将来の金融政策の方針を前もって表明することを「フォワード・ガイダンス(Forward guidance)」と言うことは覚えておこう。

 

で、今回の発表ではいよいよその買い入れ金額を「次回」発表しますと宣言した。当然世の中は、「いったいいくら?」となるわけです。冒頭に紹介した池田さんの発言には続きがある。

 

「植田総裁の言う『相応』」とは?②

(2014年6月19日のモーサテにおける野村證券池田氏の発言のつづき)

・・・実はこれ海外投資家の方がすんなり理解していて、英語ではですねsignificantと訳されていて、大規模な減額だ、ということで、誤解が生じてないですね。これは英語がどう配信されているかっていうのを見ていくと参考になるかなと、ちょっと逆輸入の発想が必要かなと思いました。

(2024年6月19日 テレビ東京「モーニング・サテライト」の池田雄之輔さん(野村證券)の発言を鈴木がメモ)

 

本当にsignificantと訳されていたのかどうか?は英語のメディアでは確認できなかったのだが、ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)紙に次の記述が見つかった。

 

the reduction would be considerable(WSJの記事より)

At a news conference, BOJ Gov. Kazuo Ueda said the reduction would be considerable and begin immediately after the next meeting. “We are proceeding carefully but it doesn’t mean that we will reduce only by a small amount,” he said.

(”Bank of Japan Plans to Reduce Bond Buying, Yen Weakens” by Megumi Fujikawa. Updated June 14)

 

(和訳)

記者会見で、日銀総裁の植田和男氏は、次回の会合直後に大幅な削減を開始することを明言した。「慎重に進めているが、それは少額しか削減しないという意味ではない」と彼は述べた。

(「日銀、債券買い入れを削減へ、円安に」メグミ・フジカワ著、6月14日更新)

https://www.wsj.com/economy/central-banking/bank-of-japan-maintains-policy-rate-will-reduce-bond-buying-e2f24a9d

 

これは記者会見原文(9)の「丁寧に進めるということは・・・ほんのわずかしか減額しないということではありませんで、先ほども申し上げましたように、減額する以上、相応な規模になるというふうに考えています」を的確にとらえたということであって、池田さんのおっしゃったように「逆輸入の発想」は必要なかったかも(?!)。

 

最後に、 本稿を脱稿し校正を待っていたら日本経済新聞のコラム「大機小機」に次のような記述があったので紹介しておきたい。

 

植田和男総裁が懸念するのは、長期金利が一気に巻き返して上昇する事態だろう。バーナンキ議長時代の米連邦準備理事会(FRB)が直面した量的緩和縮小の予告に伴う市場混乱「テーパー・タントラム」の再来を避けたいはずだ。

 

だから植田総裁ら日銀執行部は、国債買い入れの減額に際しても、方針と具体策の決定に会合1回分の間をおき、債券市場の参加者に余裕を持たせるように努めたのだろう。金利のある世界への復帰は平たんではない。

 

(「日銀の「出口」は平たんにあらず―大機小機」2024年7月3日付日本経済新聞)

*有料記事です。

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO81815070S4A700C2EN8000/

 

次回の日銀金融政策決定会合は7月30日・31日に予定されている。さあどうなる!?

 

(余談)

実は「モーサテ」 6月19日のゲストはもう一人いた。ロールシャッハアドバイザリーのジョセフ・クラフトさん。彼の「経済視点」に関する発言を鈴木が次にメモしました。

「世界的人気歌手のテイラー・スウィフトさんが経済現象を起こしますね。彼女は現在コンサートツアーを行っており、行く先々でレストランやホテルなどの消費が押し上げられている状況になっています。で、この消費活動を「スウィフトノミクス」、あるいはスウィフトフレーションと呼ばれています。例えばパリのコンサートはオリンピックよりも5倍の米国富裕層観光客を呼び込むという試算もあります。今週から彼女のイギリスツアーが始まるんですけれども、そこで現在話題となっているのが、8月にほぼ確実視されているイギリス中銀の利下げが、このスウィフトノミクスよって先送りされるのではないか、ということですね。個人的には中央銀行がこうした一時的要因で政策を棚上げするってことは考えにくいのですが、こういうことが話題になっていること自体、スウィフトさんの経済効果がいかに大きいかということを物語っていると思うのではないでしょうか(ロールシャッハアドバイザリーのジョセフ・クラフトさん。2024年6月19日「モーニング・サテライト」より)。

 

この話題、本連載で昨年10月に取り上げたので、ご興味のある方はどうぞ!

「ビジネスに役立つ経済金融英語 第24回: スウィフトフレーション(Swiftflation)」

https://q-leap.co.jp/financial-english24

 

ではまた9月に!

 

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